2025年3月某日 (※前に出てきた「Tさん」と違ってるかもしれません)
職場の同僚で、チームのほぼ全員から嫌われてるTさんという人がいる。「自分に甘く、他人に厳しい」「嫉妬が激しく、後輩の活躍が許せない」「陰湿で、常にイジメを計画しているような節がある(周りが同調しないので未遂に終わってるが、執念深く諦めない)」。性格の悪さの詰め合わせ。これでは、社員からも先輩からも後輩からも嫌われるのは仕方ない。
僕だって好きじゃないんだけど、僕からしてみると「人間なんてだいたいそんなもの」だから、Tさんだけ嫌うのはフェアじゃない気がする。Tさんの陰口で他の人たちが盛り上げってるのを見ると、「あなたたちだって似たようなものじゃないか」と思って、職場全体をうっすら嫌うことになる。
Tさんは割と仕事はできるのだ。そう思うと、僕の目線から見ると、相対的に「害の少ない人」のような気がしてきた。「性格はいいけど仕事はできない人」は最悪だ。あいつら、「犬が好き」ってだけで全員と仲良くなれると勘違いしてるからな(すみません、飛躍が過ぎました)。それよりは、性格は悪いけど仕事はできるTさんの方が、だいぶマシなのではないか。
ただ残念なことに、Tさん自身がドヤってるほどにはデキないので、さすがに僕も「自己評価甘すぎてイタいですよ」と思わざるを得ない。そう思うと、なかなかツラいなあ。Tさんに勘違いされたら困るから、周囲はTさんの仕事を褒めないわけだけど、それでTさんは不貞腐れるので、「私は仕事デキるんですけど」と常にアピールすることになり、ますます嫌われる、という悪循環。そう思うと、Tさんの仕事の内容は認められた方が全員のためなんだけど、そうはいかないのが人情というか。
悲しくなってきたな。Tさんは自分が嫌われてることも感じ取っていて、だからこそ「周囲が悪い」という思考をしないと自分を保てないわけで、嫉妬や逆恨みのセンサーが常にON状態。常に不安なので、味方が欲しい。それで、陰口の対象と、一緒になってそれを言える仲間を常に探し続けてる。それでますます嫌われる。悪循環がエグいことになってる。
だけど、ちょっと奇妙な現象があって。Tさんは嫌われているにも関わらず、Tさんの主張する「職場マナー」が、案外チームを支配しているのだ。
例えば。当日の配置(使用する端末や、チーム内のいくつかの役割)を指定する「座席表」にTさんは強いこだわりを持っており、誤りがあると些細なものであっても憤慨してしまう。Tさんを怒らせたくないがために、チームのリーダー(正社員)たちは、「座席表の最新性を保つこと」を常に優先するようになってる。それだけでなく、我々パートタイマーのチームメンバーも、座席表に間違いを見つけるやいなや、大急ぎで社員に報告し、「Tさんが来る前に直した方がいい」と訂正を要求するのだ。
いやはや。なんとも奇妙な光景ではないか。「座席表」は、チーム内に指示を伝えるための手段であって、クライアントへの納品物でもなんでもない。訂正が間に合わないなら、口頭で伝えれば済む話じゃないか。
Tさんが「座席表」に執着するのは、理解できないけど勝手にすればいい。社員たちが、「座席表」を優先するのはしょうがない。どっちにしろやらなくちゃいけないタスクなんだから、放置するリスクが大きいなら、それを先に潰すのもいい。だけど、周囲のメンバーがハラハラして、Tさんの機嫌を心配するのはアホらしくないか。そうやって忖度して、むしろTさんのモンスター性を温存し、育ててしまってるじゃないか。「些細な不備に過剰反応するのは、リソースの無駄遣い」という前提で接した方が、Tさんのためにもいいと思うんだけど。
(※ところで、僕が職場の話をする時のイニシャルは適当なので、前に出てきた「Tさん」と違ってるかもしれません。万が一混乱してる人がいたらすみません)
さて、ここまでは話の「枕」で、僕がしたい話はこれからなんだけど。僕は、いままでチームのメンバーが勤務中にペチャクチャとおしゃべりをするのがイヤだったんだけど、もう気にするのをやめた(決意)。
僕はそもそも、誰かが楽しそうにおしゃべりしてるのが嫌いなんである。これはシンプルに嫉妬であって、その気持ちを表には出さないようにできるだけ気をつけてるけど、普段隠してるからこそ、消せない感情というものもある。ああ、楽しそうにおしゃべりしてる連中が恨めしい。
この、「他人のおしゃべりがムカつく」という感情は案外僕だけのものではないらしい。たぶんコールセンターあるあるだと思うんだけど、お客から「電話の後ろで笑い声が聞こえた。不謹慎だし失礼だ」という苦言をいただくことがある。それで、その度に「業務中の私語は慎むように」という朝礼でのお説教があり、しばらくチーム内は静かになる。
だけど、なぜか「私語厳禁」とはならない。「おしゃべりは業務に支障のない範囲にとどめるように」というマイルドな指示があるだけ。どういうことだ。「おしゃべりは呼吸のようなものだから、上からの命令でやめさせることは問題があるし、現実問題としてコントロール不可能」みたいな判断なのか。結果、おしゃべりは事実上おとがめなしで、各自の判断に任されている、という現状。
さて、ここでTさんが再登場する。Tさんは、他人のおしゃべりに非常に厳しい。どのくらい厳しいかというと、内容や時間をメモに取って、社員に告げ口するぐらい厳しい。そのくせ自分のおしゃべりには甘いものだから、告げ口にはまったく説得力がないんだけど、とにかく他人のおしゃべりに厳しいことだけは間違いない。
さて、この場面で僕はちょっと混乱する。僕だって、チームメンバーの終わらないおしゃべりには閉口してるのだ。その意味では、Tさんと共闘したっていいはず。だけど、他人のおしゃべりが嫌いなのは幼稚な嫉妬によるものであって、その気持ちを表に出したくない。その意味では、Tさんのムーブ(嫉妬心そのもの)は見てられない。そして、Tさんのことは嫌いなくせに、怒らせると面倒だから、という理由でTさんがいると静かになるメンバーにも腹が立つ。もっと誇りを持っておしゃべりしろよ(そんな奴いないか)、と。この間、僕はただ黙ってるだけなんだけど、結構混乱してるんだ。誰に対して腹を立ててるのか分からなくなるので。
さて、今日。そんな僕にコペルニクス的転回的インスピレーションが訪れた。それは、「他人同士のおしゃべりで、他人が腹を立てたとしても、僕には無関係だからどうでもよくね?」ということなんだけど。
ああ驚いた。どうして今まで、こんな単純なことに気づけなかったんだろう。そして、どうして今日気づけたんだろう。白黒で描かれた架空の地図を見て、「あれ、これ白の部分が陸地だと思ってたけど、白が海で黒が陸の可能性あるな。だって架空の地図なんだし」と思っちゃった感じ。
自動車保険の事故報告で連絡してくるお客は、1年で一番機嫌が悪いと言っても過言ではない。そんなお客が電話の後ろで笑い声を聞いたらそれは腹が立つだろう。だから、
①「チームメンバーの電話対応中に、僕は近くでおしゃべりしない」
②「僕が電話対応している時、近くのメンバーにはおしゃべりしてほしくない。お客の人物や状況が難しく、クレーム発生の危険がある場合には周囲に合図して静かにするよう促す」
と今までしてきたんだけど、
③「oさんの電話対応中に、近くのpさんとqさんがおしゃべりをして、その結果お客であるrさんが怒り、oさんが怒られた」
この③のパターンは、もう別にどっちでもいい、と決めた。僕が怒ったわけでもないし、僕が怒らせたわけでもないし、僕が怒られたわけでもない。だから、関係ないでしょ、と。
これ、僕にとっては「すごい気づき」なんだけどなあ。この興奮、伝わるかなあ。結構盲点じゃないですか? 大きな声でおしゃべりするのは下品だと思うし、不機嫌になりやすい状況にある人に対して、不機嫌の原因になり得る行動を取るのはリスキーだと思うし、職場でのおしゃべりは嫌いなんだけど。でも、自分が登場人物として出てこない場面では、心配しても意味がないし、心配するメリットがないので、もう気にしないことにする、という決意なんだけど。
もう1つ。「おい、お客よ。電話越しに笑い声が聞こえたぐらいで怒るなよ」って思ったんよね。だって、関係ないじゃん。自分の電話の受け答えをしてるオペレーターがナメた対応をしたわけじゃない。電話の向こうにいる関係のない誰かの態度まで気にするな。そんな神経質も「人間あるある」だから、その不機嫌を責めたりするつもりはないけど、まあ、そんな不機嫌に対して忖度するのは、お客のためにもならないでしょ。
いやあ、まだまだ気づくこといろいろあるな。ありがとうみんな、ありがとうTさん。
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