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嫌みなことを言ったと思うが…

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嫌みかな?

忙しさを言い訳に

こんなことを言うのは少し嫌みな気がするが、それでもこんなことを思う事例が多発しているように感じるのである。この休業の間にプログラムの多くをそがれてしまった結果、探究が教員から押しつけるようなボランティアや奉仕活動にならないかということを恐れているのである。

探究の芽は、自分の生まれ育った地域を自分の足で歩くことで見つかる部分も大いにあると思っているので、そりゃあボランティアや奉仕活動は重要だ。でも、教員の都合でいい加減に活動させれば良いって発想はそれとは全く違う。

探究が教員のアリバイづくりに堕することを心の底から警戒しているのである。

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こういう記事を書いているのは「生徒の好きなことを学ぶことに価値がある」と信じているから。それを台無しにするようなことを見過ごせないのである。

 

  • 作者:上杉 賢士
  • 発売日: 2010/10/01
  • メディア: 単行本
 

 

だからといって、何でもありじゃないんだよ。丁稚奉公じゃないんだから。

日本人の好きな精神論で「やればいいんだよ」なんて非合理的で、非効率なことは生徒の学びの時間を奪う意味でも、地域や周囲のリソースを浪費するという意味でも許すべからざる悪なのである。悪という言い方が強いようだが、そのくらいには罪深いと思うのである。

いくらでも先行事例や研究による論理的な基盤はあるのだから、ただの根性論でやってみました、失敗しました、でも良い思い出ですではあかん。

でもね……ただの、コピペ発表会でも「いい大会でしたね」と平気でいってしまう人が多いのですよ……本当に、審美眼が試されているのは教員の方だ。なんでもかんでも良い思い出だけで終わらせてはいけない。




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