哀しいカフェのバラード:カーソン・マッカラーズ著のレビューです。

☞読書ポイント
感想・あらすじ
久しぶりに何とも言えない読後感を味わっています。薄い本なのに、ズドーンっと心に何かを残して去っていく作品。こういうことが数年に一回ある。海外作品に多かったりするのだけど、例えばアントニオ・タブッキやポールギャリコ、フリオ・リャマサーレスが私の場合いつまでも心に留まっている。そして本作があらたに加わったなと思う。
本作を知ったのは毎週聴いているラジオ番組で新潮社の中瀬ゆかりさんが紹介してくださった一冊。村上春樹氏の翻訳に山本容子さんの銅版画が挿絵。これだけで興味を持ったわけですが、内容も読む前から結構強烈な印象があった。
さっそく手にしてみると本当に薄い本。読み始めるとなにかカラカラと乾いた風景とザラザラした胸騒ぎを感じるような...なかなか物語の中に入っていけない雰囲気を彷徨う。決して退屈なんかじゃないんだけど、自分がこの物語に入るにはあまりにも傍観者すぎる感じがする。
そんな中、せむしの男が登場する。このあたりから何やら童話を読んでいる感覚にも。彼が何者か、どういう人物なのかとをいろいろ考えていたけど、物語はお構いなしにどんどんと進む。
登場人物はカフェを営む女主人アーミリア。そこにやってきたせむしの男ライモン。彼と彼女はやがて生活を共にするようになる。なぜアーミリアがこの厚かましいライモンを好きになったのか....などあまり深く考えてはいられない。
次にアーミリアの元夫マーヴィンが刑務所から出てきてアーミリアの元に現れる。そこから奇妙な三角関係が始まるわけだが、これがもう訳が分からない展開へと。

(本文より)
「愛すること」「愛されること」、愛とは突然始まって複雑で実に厄介なものだなと感じさせられる。
全体的に事柄の詳細説明はないので、個々の読者が彼らのその時々の感情を手繰り寄せて想像していくといった印象。なので読者か任せの部分が強い分、その感想もいろいろなんだろうなっと感じます。要は同じ本を読んでいるけど、辿り着ける部分はなにか個人個人によって違うのではないかなと感じます。
結局のところ、感想をを書こうとするのだけれども、言葉が浮いてしまう。何を書いても空回りしちゃうような。本書で一番共感できたのは、村上春樹氏の「訳者あとがき」だけだったかもしれない。「疑問、戸惑いを抱えたまま、あとに取り残される。」これに尽きるなぁと。
それでも本当になにか心に爪痕を残された気がしてならない。それがマッカラーズの凄いところなのかもしれません。そして控えめに登場していた山本さんの銅版画も、気づけばいつまでも心に残るものになる。まさに「深い読書」になりました。
カーソン・マッカラーズプロフィール
(1917-1967)ジョージア州コロンバス生まれ。幼少期からピアノの才能に秀で、ニューヨークのジュリアード音楽院に進むが、授業料を失くして入学を断念。かわりにコロンビア大学で創作を学び、リーヴズ・マッカラーズと結婚。1940年、23歳で『心は孤独な狩人』を執筆し、文学的なセンセーションを巻き起こした。その後は、『黄金の眼に映るもの』(1941年)、『結婚式のメンバー』(1946年)、『哀しいカフェのバラード』(1951年)、『針のない時計』(1961年)などの小説やノンフィクションを執筆、1967年、50歳で世を去った。(新潮社・著者プロフィールより)
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