光さす故郷へ:朝比奈あすか著のレビューです。
- 作者: 朝比奈あすか
- 出版社/メーカー: マガジンハウス
- 発売日: 2000/07
- メディア: 単行本
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記憶が生々しいうちは他人に話すのが怖かった ─────語り伝えることの難しさを知る
満州国軍将校に嫁いだ著者の大伯母にあたる西村よしさんの
体験した実話です。小説と思って借りたのですが、実話ということでヘビーな内容になるだろうと、気を引き締め直し読むことに。
満州と言えば以前読んだ藤原ていさんの「流れる星は生きている」の壮絶な体験談を思い出すのだが、本書の前半はわりと不自由なく中国人と一緒に暮らすよしさんの新婚当時の話で、「ああ、こういう当時の話もあるのだな」と、少しだけ肩の力が抜けたのもの束の間。やはり昭和20年のソ連の奇襲により話は一転する。
夫とは会えずじまいの生き別れ、そして、幼い子供を連れ日本に戻る決心をするのだが・・・。
満州からの引き揚げの話を読むたびに思うのは「決断によって大きく運命が分かれる」ということだ。
それはちょっとした時間の差であったり、関わる人々や乗る電車1本の差であったり、その時々の些細な決断により大きく運命が変わってしまうということを何度も痛感させられます。
運命が大きく変わるというのは、すなわち「生か死」のどちらかなのだ。一難去ってまた一難。助かった者もまた次の危険なコマをひとつずつ進めていくかの如く日本を目指して進んでゆく。
そこで目にする辛い光景はやはり本書でも避けては通れなかった。山中で親を亡くし、その亡骸から離れようとしなかった子供。彼を置き去りにして前へ進まなければならなかった大人たち。
また、引き揚げ船の中で亡くなった子供と一緒に日本の地を踏もうと最後まで頑張るよしさんの姿。
やはり涙なくしては読めないといった感想になってしまうのだが、大事なのはこういった貴重な話を世の中に残してくださったことにまずは感謝を述べたい。
記憶が生々しいうちは他人に話すのが怖かった。月日が経つと、今度は大叔母の過去の苦しみを蒸し返すことを恐れ、彼女にその話をする者がいなくなった。こうして大叔母の体験は長い間封印されていた。
「語る」ということは、語り手の心の状態とタイミングが合わないとなかなか語れるものではないということをこの一文から伺える。私たちが思っている以上に難しいことなんだと実感した。
長い時間をかけて語られた話はあまりにも辛いものではあったけど、それでもなぜか本書は柔らかい風が吹いているような読後感なのです。
それは、よしさんのお人柄と、「幸せだったと思える」と、よしさんがその後の人生で振り返っている言葉を聞くことが出来たからかもしれない。
世代を問わず、多くの方々に読んでもらいたい1冊です。