この国の空:高井有一著のレビューです。
- 作者:高井 有一
- 発売日: 2015/07/17
- メディア: Kindle版
特別な状況下にあった不倫の恋は・・・・
母と娘の里子、そして叔母。3人が暮らす東京杉並界隈を舞台に、戦中の庶民の生活をつぶさに描いた小説。
前半は空襲で家を焼かれ家族を失った母の妹が、二人を頼りにこの家にやってくる。
この叔母の精神状態を考えて、疎開させるなど、叔母の話を中心に話が進む。
里子の隣人・市毛は38歳の銀行員。妻子は疎開中で、単身で暮らす。ご近所付き合いということで、防空壕を借りたり、里子は市毛のことを世話したりするうちに、いつしかお互いが意識し合う関係になってゆく。
こちらのほうはスローペースな展開とでも言おうか。
かなり後半になってから進展する。
叔母との暮らし、市毛との恋愛、そして里子が勤める町会事務所での出来事等々、刻々と変わりゆく状況を丁寧に描く。
戦争を描いた内容ではあるけれど、里子の生活界隈は大きな被害を受けたりはしていない。しかしながら、いつかは大空襲があって、このあたりは焼野原になってしまうのではないか、好きな人もいつかは徴兵されてしまうのではないか等々、精神的に切迫した緊張感が常に付きまとう。
また、後半になるほど里子と市毛のシーンは増えてゆくのだが、二人の距離が縮まるほど、私的にはどんどん憂鬱になるというか・・・。
というのも、市毛の魅力がいま一歩解らないというのもある。里子はこの男のどこにときめいたのだろう?この時期じゃなかったら、恋することもなかったのじゃないかと。
市毛だけではなく、登場人物たちの人物像が私の中でなかなか育っていかなかったという感覚が残る。いつまでたっても「のっぺらぼうな人々」なのである。
母も叔母も里子も、「こんな人だろうな~」という、イメージ像が全く浮かばない。これはあまりない経験で、自分でもよく解らない現象でした。
とても丁寧に人間関係も描かれているにもかかわらず、自分自身の焦点が定まらぬまま、字をただ追う感じでスルっと読んでしまった。
本書はどこを中心に読み込むかによっても、だいぶ印象が違うのではないかと思う。わたしのように恋愛メインで飛びついてしまうと、ちょっと肩すかしかも。
一方、特別な状況下にあった庶民たちの姿を中心に読んでゆくと、とても貴重なフィルムを見ているようなものを感じる。不倫の話よりもむしろこちらの方がより奥深い。
さて・・・・
間もなく、終戦を迎えることとなるだろう。市毛の妻子が疎開先から戻って来る日は近い。里子にとって新たなスタートがはじまるとよいな・・・と、思わずにはいられない。
ということで、これは映画の方が案外いいのかも?と、珍しい結論に至ったのであります。