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あまりにもおもしろすぎる労働史本、「働き方全史:「働きすぎる種」ホモ・サピエンスの誕生」

2025年がはじまったばかりですが、今年読んで良かった本No.1が決まってしまったのでご紹介します。

”仕事”の定義はエントロピーが増大するということ

コリオリの方程式は、すぐに科学者たちから正しいと認められたが、彼らを何より唸らせたのは、仕事(work)という彼の言葉選びだった。それは長年にわたり科学者たちを悩ませてきた概念を表現するのに、申し分のない言葉だったのだ。

”仕事”は、まさに蒸気機関の働きを正確に表現しているという他に、フランス語で”仕事”を意味するトラバーユという語は、他の多くの言語にはない詩的な性質をともなっている。この言葉は、労力だけでなく苦しみの意味も含み、かつらをかぶって威厳を見せつける貴族や君主の支配の下で、きわめて長時間の労働をしていたフランスの第三身分(農奴)の苦難を想起させる。コリオリは機械の可能性と農民の労働からの解放を結びつけることで、テクノロジーが人間を約束の地へと導くという夢の種をまいたのだ。この夢については、のちにジョン・メイナード・ケインズがとりあげることになる。

”仕事"という言葉は、銀河や星が形成されるといった宇宙規模のことから、素粒子レベルで起こるものまで、あらゆるエネルギーの移動を表現するのに使われるようになった。また現在では、宇宙の創造には膨大な量の仕事が関わっていること、そして生命を特別なものとして、生と死を分けているのは、生物が行なっているきわめて珍しい種類の仕事であると、科学的に認識されている。

てっきり狩猟採集民は1日n時間しか働いてなかったとか現代労働論的な本だと思って読んでたら、初っ端から”仕事”の定義をするのに科学とか物理学とかエントロピーの法則とかを持ち出してきて「これは面白い本だぞ!!」と直感しました。

著者の定義では、働くということはつまり生きることであり、生きるということはエントロピーが増大するということです。これは人間も、人間以外の生物も同じことであり、地球の生物圏は何百万世代もの「仕事」の結果であると説明しています。スケールがデカすぎる。

我々が「仕事やだな〜」とか言うときの”仕事”と、人類史(生物史?)の専門家である著者とではそもそもの捉え方がちがうという、新鮮な驚き。こういう驚きがあるから本を読むのは楽しい。

 

人間の営みは”巣を作っては壊す鳥”と大差がない

本書の中でひときわ印象的だったのは、アフリカ南部に生息するハタオリドリという鳥についての記載でした。

この鳥は、巣を作っては壊すという特徴的な行動をとります。専門家はこのハタオリドリの「美しいものをつくっては壊す」という習性を、妻が行っていたビーズ作品作りになぞらえて解説しています。

彼女は夫のように何もせずにウロウロしていることには耐えられない。そのため家事の合間を縫って、ビーズのアクセサリーを次々とつくっていた。そのどれも十字架をモチーフにしたよく似たデザインなので、慣れた手つきですばやく仕上げていく。そしてビーズが足りなくなると、買い足すお金はなかったので、完成品(だいたいはよくできた美しいもの)のビーズを一つずつていねいにはずし、それを使って新しい作品をつくる。

ゴクラクチョウの豪華な羽やニワシドリの凝った巣など、鳥類の世界にはこのような行動が他にも見られ、ハタオリドリの行動は雌へのアピールや天敵を避けるためだとされることが一般的とのことです。が、著者はそういう功利主義的な視点には疑問を投げかけています。

つまり、ハタオリドリはなんの意味もなくそうしているのではないか、そしてもしかしたら、人間も似たようなことをしているのではないかという発想です。

人間のとる、高層ビル建設やウルトラマラソンのようなエネルギー消費行動は、なにか意味があるどころか、悪くすれば人間の寿命を短くする場合もあります。鳥はエネルギーを消費するために、歌ったり飛んだりして活動をします。これは、人間がエクササイズを行う行動と類似していると言えます。

こういった点を踏まえると、ハタオリドリの浪費的な行動の究極的な説明として、人間と同様に余ったエネルギーをエントロピーの法則に従って消費するためではないかと論じています。

 

退屈と創造性が人類の進化を促したかもしれない

中盤ぐらいで、人類の進化を考えるとき、初期の人類が食物を探す時間を減らすことで生まれた余暇をどのように活用していたのかについて解説しています。

曰く、この時間の解放は、単に生存のためだけでなく、創造性や新しい技術の発展にも寄与していた可能性があるとのこと。「余暇」は、単なる休息ではなく、人間の存在そのものを形づくる要素だったと考えられます。

実際、人間だけでなく動物も退屈を感じることがありますが、その表れ方は種によって異なります。退屈が人間に与える影響は非常に特異で、創造性を刺激する原動力にもなります。退屈した人間は、遊んだり、物をいじったり、実験をしたりします。ときには自分自身と会話をするようにおしゃべりをし、空想や想像にふけり、最終的には新しい行動を起こします。

この退屈の力が歴史を動かした例も少なくありません。ニュートン、アインシュタイン、デカルト、アルキメデスといった偉人たちの功績は、退屈が生んだ産物である可能性があります。ニーチェもまた、退屈を「思想家や繊細な精神を持つ者にとって、楽しい航海や明るい風が吹く前の、不快な風のない魂の平安な状態」と捉えています。表現がかっこよすぎてさすがニーチェすぎる。

退屈は好奇心や冒険心、向社会的な思考をも促し、自己認識を深める効果もあります。もしかすると、アウストラロピテクスが刃物や火を発見したのも、退屈が動機だったのかもしれません。また、祖先が芸術作品を作り始めた背景にも、退屈による創造性の刺激が影響していたと考えられています。

さらに、余暇の増大は、言語能力の発達を促した要因の一つとも言われています。この考え方は、ロビン・ダンバーが提唱する「ゴシップと毛づくろい」説とも関連しています。言語を使うことで、ヒト科の動物は離れた場所にいる相手や複数の相手と同時に交流することが可能になり、他者に関する話題(ゴシップ)を好む傾向が生まれた、というのがダンバーの理論。

こうした考え方を振り返ると、私たちの日常にある退屈や余暇は、単なる時間の浪費ではなく、進化の過程で重要な役割を果たしてきたことがわかります。退屈を前向きに捉え、それを創造性や好奇心を育む時間に変えることは、私たちの生活をより豊かにする可能性を秘めているということです。

 

あとがきも良すぎる

何千もの世代にわたり、何かをつくったり行なったりしてきた人々(あのトリックスターである神、エントロピーの忠実なる僕として人間の手と頭にするべきことを与えて満足をおぼえる)の精神を伝える以外に、本書の目的はそれほどはっきり決まったものではない。目指すものの一つは、私たちと仕事の関係―広い意味では、ケインズのような人々が想像していた以上に根源的なものであると明らかにすることだ。エネルギーと生活と仕事の関係は、他のすべての生物との間に持っている共通のつながりの一部である。それと同時に、私たちに備わっている目的意識や、はかり知れない器用さ、そしてごく日常的なことにさえ満足を見出す能力は、地球上に生命が誕生したときから研ぎ澄まされてきた進化の遺産の一部なのだ。

しかし主な目的は、人間の仕事生活をがっちりつかんで支配してきた欠乏の経済学の力を弱め、維持できないほどの経済成長への固執を減少させることだ。なぜならば、経済の制度を支える柱である前提の多くが農業革命の産物であり、人が都市へ移動することで増幅されたものだと認識することにより、私たちはくびきから解放されて、まったく新しいもっと持続可能な将来を、自分たちだけで想像できるようになるからだ。そうすれば私たちは、動かずにいられない行動力、目的意識、創造性を原動力として、運命をつくりあげるという難題に立ち向かえるようになる。

人間の仕事生活をがっちりつかんで支配してきた欠乏の経済学の力を弱め、維持できないほどの経済成長への固執を減少させることーーやはりこういう方向性でやっていくのが、今後の人類の発展や幸福のためには最善であるという立場のようです。これは「暇と退屈の倫理学」でも言われていたことですね。

今までの人類は暇と退屈、つまりは”生産性のない時間”を創造に変えてきたのだから、それをただ資本主義社会を駆動するためのガソリンにして消耗するばかりでは、本当に豊かな未来など望めないのだという主張と受け取りました。

なにもかもが過剰に生産され、”本当だったら、持て余すことができるはずだった余暇”が無限の工数として費やされて、みんなの余暇が欠乏し、ついでに環境も破壊されていく。あるいはみんなうっすらそれを望んでいるのか、多くの人は週40時間以上もの貴重な人生の持ち時間を労働に費やしている。いまのところそれが当たり前とされているけど、そうじゃない選択肢や、そうじゃない世界というのも絶対に実現可能なはずです。

「働き方全史」は、先史時代からはじまる人類史を細かく紐解くことで”人類の労働”について深い考察を得られるという、大変読み応えのある一冊でした。内容も小難しいかんじがまったくなくて読みやすく、トピックも狩猟採集時代から近代まで細分化され、盛り沢山に詰め込まれているので、どんな人にも刺さる箇所がひとつはあるはず。私は読書メモがものすごい長文になったので今後ちょっとずつ整理していきます……(ケロッグ社の逸話もおもしろかったです)




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