
これまでのAIは、チャットの回答や画像の生成など、コンピューターの画面内で完結するものが一般的でした。しかし、そのAIを実世界で動かすことができれば、より多くの業界で使えることが期待できます。そこで、実世界で身体を持って動作する「フィジカルAI」が注目されています。
どのような特徴があるのか、その応用分野だけでなく技術的な課題も含めて、「物理世界での生成AI」の可能性について紹介します。
フィジカルAI(Embodied AI)とは何か
フィジカルAIは物理的な「身体」を持ち、センサーで周囲の環境を認知・理解し、アクチュエーター(機械の駆動装置)で身体から周囲の環境に働きかけるAIを指します。つまり、ソフトウェアで処理するだけでなく、ロボットやドローン、スマートデバイスといったハードウェアでAIによる高度な動作ができるシステムのことです。
物理的な身体を持つと、「身体を通した感覚」を持つことから、周囲の環境とのやり取りを通じて知識を獲得できます。このことから「Embodied AI」、つまり具現化したAIだと呼ばれることもあります。これまでもロボットやIoT機器のようなデバイスは存在しましたが、フィジカルAIが注目されている理由として、次のようなことが挙げられます。
- センサーやアクチュエーターのコストが下がり、高性能になったことで、ハードルが下がった。
- エッジAI(クラウドを介さずにデバイス側で処理をするAI)やクラウドAIの発展により、リアルタイム制御と大規模な学習の両立が可能になった。
- 生成AIの進化により、自然言語だけでなく画像や映像などの理解、生成を組み合わせた処理が可能になった。
- 高齢化や人口減少によって労働力の不足などが発生し、業務の自動化などの需要が増加した。
こういった背景から、工場では組立や検査などが、倉庫では荷物棚の管理や梱包などが、病院では介護や医療での補助などが自動化されつつあります。また、車の自動運転やドローンでの配達、学習支援や掃除などのロボットといった一般の利用者が使うものまで広がってきています。
物理世界の生成AIになるとできること
フィジカルAIはロボットにAIの機能を組み込んだだけではありません。ここから先は、物理世界の中でも新たなものを生成する、つまり文章や画像を生成するだけでなく、新たな指示やタスクを生成し、実行することが期待されています。
たとえば、センサーなどを通じて周囲の環境の状態を取り込み、AIが次の行動を自ら生成します。これにより、周囲に未知の家具があっても、ロボットが最適な移動経路をその場で生成し、行動できるようになります。つまり、事前にルールやタスクを手作業で作成する必要がなくなります。
さらに、生成AIがシミュレーションによって多数の行動の候補を作り出して評価し、実際の機器に適用することが考えられます。現場での試行錯誤を減らすことができると、安全性を担保した行動ができるようになるかもしれません。
文章だけでなく画像や音声などさまざまなセンサーからの情報を統合すると、自然言語で指示できるようになります。利用者は「テーブルの上にある皿を片付けて」と言うだけで、ロボットが状況を理解して、具体的な行動に移せるのです。
さらに発展すると、建築や製造などの分野で、物理構造の設計案や作業順序をAIで生成し、ロボットがそれをもとに実際に建設・製造ができます。つまり、AIが「物理的なアウトプット」を設計し、生成するまでの役割を担う時代が来るのです。
技術的な課題とリスク
フィジカルAIが物理世界で生成AIの機能を実現するには、まだまだ技術的な課題があります。
たとえば、ロボットが従うべき原則として「ロボット工学三原則」があります。これは、「人間への安全性、命令への服従、自己防衛」というロボットが守るべき原則のことです。つまり、物理的な誤動作などによって、人命や設備を傷つけることがあってはなりません。
シミュレーションでは問題なくても、現実の世界でうまく動かないことは珍しくありません。現実の世界には多くのノイズがあり、機械の動作には誤差があります。このギャップを埋める必要があります。
また、リアルタイム性についての制約もあります。最近はエッジAIの性能も向上していますが、複雑な生成や評価では、計算コストや通信遅延などが理由でリアルタイム制御が難しいこともあります。
さらに、社会的なリスクも乗り越える必要があります。たとえば、AIによる自律的な動作によって発生した問題行動への責任問題もあります。車の自動運転による事故、プライバシーの問題、人間の労働への影響などを考慮しなければなりません。
今後の展望
フィジカルAIと生成AIが融合することで、単に「より賢いロボット」ができるだけでなく、物理的な作業そのものを変える可能性があります。短期的には倉庫や工場といった限定的な空間での自律化が進みますが、長期的には日常生活の中で自然言語を通して物理的作業を依頼できるロボットが登場するでしょう。
安全性を高め、法制度の整備が進む必要はありますが、今後の発展が期待されています。
増井技術士事務所代表。技術士(情報工学部門)。情報処理技術者試験にも多数合格。ビジネス数学検定1級。「ビジネス」×「数学」×「IT」を組み合わせ、コンピューターを「正しく」「効率よく」使うためのスキルアップ支援や、各種ソフトウェアの開発、データ分析などを行う。著書に『Pythonではじめるアルゴリズム入門』『図解まるわかり プログラミングのしくみ』『「技術書」の読書術 達人が教える選び方・読み方・情報発信&共有のコツとテクニック』(翔泳社)、最新刊の『実務で役立つ ログの教科書』(翔泳社)がある。
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※本稿に記載されている情報は2026年1月時点のものです。