2023年3月。長年サポートベーシストとしてカネコアヤノと共に活動していた本村拓磨が、サポートメンバーとしての活動を終了すると発表された。
それについての詳しい理由はわからない。だがカネコアヤノが小さなライブハウスすら埋まらなかった時代から支えてきたメンバーなので、サポート活動終了の発表にショックを受けたファンは多かったはずだ。
それに伴い決まっていたライブが数本延期になったことにも驚いた。予定が狂ってしまうほどに、急遽決まったことなのだろう。
本村のベースはカネコアヤノのライブにおいて重要だった。彼は音もパフォーマンスもキャラクターも個性的で魅力的だ。だからサポートとはいえ、彼のいないライブを観ることに不安はある。クオリティが下がったライブにならないかと疑念もあった。
そんな複雑な思いを抱えながら、NHKホールで行われたカネコアヤノのホールツアー東京公演に足を運んだ。

開演時間を過ぎ、曲入れのBGMが止まり無音になるNHKホール。SEを使わずに登場するバンドメンバー。期待と緊張が入り交じった空気の客席から、盛大な拍手と歓声が送られる。観客も新体制になってから初めてライブを観る人が多いのだろう。
そんな拍手の中、最後に拳を上げて登場したカネコアヤノ。魔女の宅急便のキキを彷彿とさせる黒いワンピース姿だが、その佇まいや雰囲気は魔女というよりもロッカーだ。
観客の拍手や歓声など気にせずに、落ち着いた様子でチューニングしたりと準備を進める4人。そしてサポートギターの林宏敏がギターでノイズを出し、その音が会場を包む。その音で客席を掌握したタイミングで、他のメンバーの演奏が重なりライブが始まった。
1曲目は『タオルケットは穏やかな』。最新アルバムの表題曲だ。シューゲイザーの影響を感じる轟音と、まっすぐだが丁寧なカネコアヤノの歌声が重なる。心地よいのに迫力があり、圧倒させられてしまう。ステージ後方がスモークで包まれる演出も壮大で圧巻だ。
カネコアヤノとバンドメンバーは、観客がそんな演奏の余韻に浸る暇を与えない。曲間なしでそのまま『爛漫』へと雪崩込む。暖色の豆電球がステージを照らす景色が美しい。
曲が終わると間髪入れずにサポートドラムのHikari Sakashitaがドラムソロが続いた。その間にギターを変えチューニングするカネコと林。今回のライブはこのように工夫して、曲間の無音をできる限り排除して数曲続ける構成のようだ。
ドラムの演奏は跳ねるようなリズムへ変化し『やさしいギター』が始まる。照明は明るくなった。曲の持つ性質も相まってか、客席の緊張も解れたように感じる。その後に『眠れない』『予感』と近い空気感の明るい曲が続く流れも良い。
曲間なしで立て続けに演奏が続いたが、ここで少し長めの無音の時間になった。ここでライブの空気をまた違ったものに変えようとしているのだろうか。
観客が息を飲むように静かにステージを見つめる中、カネコと林が向き合い、息を合わせるように丁寧に演奏を始めた。曲は『祝日』。音源は弾き語りだが、ライブではバンドアレンジになる楽曲だ。
今回のツアーからはサポートベースが飯塚拓野へ変更となっている。彼の演奏を自分は初めて聴いたが、音の個性の強いベーシストに思った。佇まいは一歩引いていて落ち着いているのだが、音は太くゴリゴリで身体に響く。そんなサウンドがバンドに力強さを与えている。
それを『祝日』で実感した。Aメロは飯塚のベースが全面に出たアレンジになっていて、それに合わせてカネコアヤノが歌っていたからだ。これによって楽曲が力強く身体に響くサウンドになっていた。曲の後半は演奏も歌も激しく壮大になる。歌声もこの日の披露曲で一番と思うほどに荒々しくも熱くなっていた。
かと思えば『朝になって夢からさめて』を優しく繊細な音色で演奏する。先ほどはステージ後方にスモークが出たりと壮大な雰囲気の演出だったが、この楽曲では薄暗い照明で素朴な豆電球の灯がステージを照らしている。演出も含めて楽曲の世界観を作り出していた。
『花ひらくまで』では照明が明るくなった。演奏も同じように跳ねるようなリズムで、明るさが満ちている。最後のフレーズは音源よりも長いロングトーンで歌っていた。そんな迫力のある歌声はライブだからこそだ。
『ごあいさつ』は林のギターリフだけの演奏に、バンドの音が重なる始まり方だった。音源よりも歪んだ音作りになっており、演奏も激しい。Hikari Sakashitaの激しいドラミングで曲が締まるアレンジも最高だ。
そのままHikari Sakashitaがビートを鳴らし続け、その間に他の3人が楽器を変えたりチューニングをする。やはりブロックごとに曲間をできる限りなくす構成にしたいようだ。そのドラムから『季節の果物』が続く。この楽曲も明るい印象がある。近い空気感の楽曲をブロックごとにまとめることで、ライブの世界観を作っているのだろう。
しかし次の楽曲と曲間なしで続いたものの、空気が変わった。林がノイズを出し、そこから4人の演奏が重なり、シューゲイザーかと思うほどの轟音が響く。
始まった楽曲は『愛のままに』。原曲よりも荒くれたサウンドと激しい演奏だ。カネコアヤノの歌声もそれに負けないほどに感情的である。
ここ最近のライブはこのようなアレンジが多いが、この日は特に歪んだ音だったように思う。暖色の落ち着いた照明が多いカネコアヤノのライブとしては珍しく、サビで虹色の照明が使われていた。ホールの規模を活かした鮮やかな演出も良い。
盛大な拍手と歓声が響く客席。この日で一番大きな反応だったかもしれない。そんな客席の空気を次の曲でまた変える。続く曲は『ゆくへ』。カネコアヤノの弾き語りを軸にした演奏で、照明も薄暗い。先ほどとは180度方向性が違う演奏と演出だ。観客の反応も真逆で、今度はステージをじっと集中して見ている。
そこから続く『もしも』も同様に音数が少なく落ち着いた演奏だ。逆光で4人のシルエットだけがステージに浮かび上がる演出にも見惚れてしまう。このブロックは観客が吸い込まれるかのように、ステージに集中してしまう楽曲を中心にしているのだろうか。
『もしも』はアウトロが長くアレンジされていた。そしてそこからDJプレイかのようにスムーズに繋がる形で『ゆくへ』へと続く。その後の『車窓より』も同じように「いつの間に次の曲になった?」と思うほどのスムーズさで曲が変わった。照明は真紅で4人を真っ赤に染めていた。それが演奏のクールさを引き立てていて良い。
かと思えば『月明かり』では、それまでとは違う表現で観客を魅了した。Hikari Sakashitaがブラシを使ってドラムヘッドを擦る演奏をしていたのだ。その音はまるで、砂浜に波が打ち寄せているかのよう。そんな音がしばらく続いてから『月明かり』の演奏が始まった。
それによって波の音をききながら月明かりの下にいるような気持ちになる。照明は真っ白で、4人を明るく照らしていた。それは明るい月明かりの下に、4人が立って演奏しているかのように見える。
カネコアヤノのライブは、派手な演出はしない。しかし素朴ながらも楽曲の魅力を最大限に引き出す演出ばかりではある。
続く『グレープフルーツ』は、暖色の明るい照明が付いているだけのシンプルな演出だった。しかし演奏は壮大で迫力がある。そんなサウンドに圧倒させられてしまった。
この楽曲はカネコアヤノがまだ100人前後の規模でライブをやっていた頃からあるが、ホール規模に似合うスケールの演奏になっている。カネコアヤノが進化しただけでなく、楽器自体がそもそも多くの人に響く求心力を当時から待っていたとも言える。
ライブも終盤。ここから最新アルバム『タオルケットは穏やかな』の収録曲が続いた。まずは『気分』。穏やかな演奏と歌から始まる楽曲だが、後半になるにつれ歌も演奏も激しくなる。
『こんな日に限って』も弾き語りから始まったものの、後半はバンドの演奏が激しくなり轟音となるアレンジだったじわりとカネコアヤノの音楽の世界へと引き込み、最終的に圧倒させる。今回のライブでは特にそのような意図を感じる演奏が多かった。
ラストは『わたしたちへ』。音源よりも長尺のノイズを林が出し、カネコアヤノと林と飯塚がドラムセットの方を向く。そしてSakashitaにカネコが合図をして4人の演奏が始まった。
演奏はシューゲイザーかと思うような歪んだサウンドだ。そんな轟音が会場に響き渡る。歌い始める前から、演奏の迫力に圧倒させられてしまう。
歌い始めるとミニマムな演奏になり、カネコは繊細な表現で歌う。そのギャップに引き込まれてまう。しかしサビになると熱量は増すし、後半になるにつれ歌も演奏も激しくなっていく。アウトロは4人がジャムセッションをしているかのように長尺で、客席に背を向けドラムセットの周囲に集まるように演奏していた。
観客の前での演奏ではあるが、4人だけの世界でひたすら音を鳴らしているようにも見える。それを観客はただただ見つめて感動する。
カネコアヤノはシンガーソングライターなので、作品において歌が重要だ。歌詞も特に個性が際立っている部分である。
しかし歌がなくても彼女の音楽の凄さは伝わる。ラストの『わたしたちへ』の演奏は、それを実感させられた瞬間でもあった。
そしてサポートメンバーが変わったとしても、ソロ名義でのライブだとしても、シンガーとサポートの関係ではなく、全員が主役のバンドを組む感覚で演奏をしているのではと実感した瞬間でもあった。それは過去のサポートメンバーの時もそうだったし、今のメンバーでのライブでも変わらない。それがカネコアヤノバンドのライブの魅力だ。
MCはなし。アンコールもなし。音楽で突っ走り、本編だけで全てを出し切るようなライブだった。カネコアヤノのライブには音楽さえあれば良いのだ。
ドラマーのbobにベーシストの本村拓磨と、ここ1年で長年サポートを務めてきた2人がカネコアヤノから離れた。
それは大きな出来事だ。「カネコアヤノという名前のバンドでは?」と思うほどに、サポートメンバーが重要で、運命共同体かと思うような一体感あるライブをやっていたのだから。特に本村は小さなライブハウスに数人しか集客できなかった頃からサポートをしている。カネコアヤノと一緒に成り上がった仲間なのだ。
実際に新メンバーを迎えてのライブは、魅せ方も演奏スタイルも変化した。
bobはドラムを叩きながらコーラスをしていたので、カネコアヤノは歌唱が荒くなっても「コーラスが支えてくれる」という信頼からか、荒さを気にせずに大きな声で叫ぶように歌うことが多かった。
今のサポートドラマーのHikari Sakashitaはコーラスをほとんど行わない。その代わりバンドの大黒柱かのようなブレない軸を感じるドラミングで演奏を支えている。
本村拓磨は佇まいからしても、キャラが濃かった。カネコアヤノよりも大きな声で叫ぶこともあったりと、ライブをより熱い空気にさせるようなパフォーマンスが印象的だった。カネコアヤノのライブから時折パンクの匂いを感じたのは、彼の影響があるのかもしれない。
それに対して新ベーシストの飯塚拓野は、あえて目立とうとせず一歩引いているように見える。その代わり音は太くて演奏は安定しいる。
つまりこの1年で新しく加入したリズム隊は、バンドをしっかりと支える役割を担っているのだ。それによって演奏やパフォーマンスの衝動で観客を熱狂させるのではなく、演奏の迫力によって観客を圧倒させる方向へと変化したように感じる。
その変化に違和感を覚えるファンもいるだろう。bobや本村がいた頃の方が好きな人も多いと思う。実は自分も去年Hikari Sakashitaにドラマーが変わった時はそう思った。今回もそうだ。新ベーシストが入って初めて観たが、ライブの序盤は「前の方が良かった」と感じる部分はあった。
しかしライブを観ているうちに「これは良い方向に変化しているのでは?」と思えてきた。この4人による演奏は、カネコアヤノの音楽をさらに深く楽しませてくれる方向性だからだ。
前の4人も最高だったが、今の4人も別のベクトルで素晴らしい。だから自分は今回のライブも感動した。
それにカネコアヤノはこれからもきっと、やさしいギターと、とがってる歌声を響かせてくれるはずだ。これから先の未来にも期待してしまうようなようなライブでもあった。
■カネコアヤノ Hall Tour 2023 "タオルケットは穏やかな" at NHKホール 2023年6月21日(水) セットリスト
1.タオルケットは穏やかな
2.爛漫
3.やさしいギター
4.眠れない
5.予感
6.祝日
7.朝になって夢からさめて
8.花ひらくまで
9.ごあいさつ
10.季節の果物
11.愛のままを
12.ゆくえ
13.もしも
14.車窓より
15.月明かり
16.グレープフルーツ
17.気分
18.こんな日に限って
19.わたしたちへ
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