真っ直ぐな歌詞はあまり好きではない。前向きな歌は全然心に響かない。
気軽に「頑張れ」と歌われるとイラつくし、成功者の立場から「夢は叶う」と言われると無責任なことを言うなと思う。そんな歌は説教臭いから聴きたくない。
自分は捻くれ者だからか、真っ直ぐな言葉を素直に受け取ることができないのだ。「その言葉は本心で言っているのか?」と疑ってしまう。
だから本来ならばSUPER BEAVERは嫌いなタイプのバンドである。彼らは真っ直ぐすぎるぐらいに、真っ直ぐな音楽を届けるバンドなのだから。
それなのに自分はSUPER BEAVERの音楽が大好きだ。このバンドの言葉は素直に受け取れる。歌も演奏も心に刺さりまくる。なぜか彼らは例外なのだ。
最新アルバム『東京』の収録曲も、過去作と同様に真っ直ぐな歌ばかりだ。そして過去作と同様に、例外的に自分の心に響くアルバムである。
「なぜSUPER BEAVERは自分に響くのだろう?」と思いながら最新アルバムを聴いていたのだが、その理由について自分の中で答えが出た。
SUPER BEAVERは「真っ直ぐな言葉」で歌っているのではなく「真っ直ぐな表現」で歌っているのだ。だから自分は彼らの音楽が大好きなのだ。
最新作に収録されている『ロマン』のサビでは、このような歌詞がある。
それぞれに頑張って また会おう
安っぽい応援や励ましをするインスタントミュージックな一部のJPOPとは、少しだけ表現が違う。
「頑張ろう」でも「頑張れ」でもない。上から目線でアドバイスするわけでもない。アーティストの立場を驕ったアドバイスもしていない。〈それぞれに頑張って〉と、バンドもファンと同じ立場であることを表明している。
そもそもこの歌詞は〈また会おう〉という言葉が最も重要で、それを伝えようとしていると思う。また会うための手段として「お互いに頑張って」と言っている。まるで友人と約束するように。
一緒に頑張ろうは
なんか違うと ずっと思っている
親愛なるあなたへ 心を込めて 頑張れ
最後はこのフレーズで歌が締められている。
やはりSUPER BEAVERは聴き手と対等の立場で歌を届けている。ファンがアーティストをリスペクトすることと同じように、バンドもファンをリスペクトしている。
だから彼らお音楽は安っぽい応援歌にはならない。バンドのブレない哲学があるからこそ生まれた言葉を、真っ直ぐな表現で伝えているからだ。バンドがファンを応援する歌ではなく、バンドとファンとがお互いに鼓舞し合う歌なのだ。
そもそもSUPER BEAVERは一方的にメッセージを届けようとはしない。常に対話を試みている。
声も出ないほど悲しかったこと
無理矢理忘れなくていいんだよ
二度と来ない日を心から愛して
そして未来の話をしよう
(SUPER BEAVER / 未来の話をしよう)
『未来の話をしよう』の歌い出しは、メッセージを送っているとも受け取れる内容ではある。
しかし〈そして未来の話をしよう〉というフレーズがサビの終わりに使われているし、その後の歌詞は聴き手に質問をするようなフレーズが多い。
タイトルからもわかることではあるが、聴き手と対話をする歌なのだ。決して一方的にメッセージを送るメッセージソングではない。
最後は〈後悔すらも抱きしめられたらいいな〉というフレーズで、バンド側の気持ちを聴き手に伝えて歌が終わる。ロックバンドとして聴き手と真っ直ぐ向き合おうとしている。
そういえばアルバム1曲目『スペシャル』では〈良い人ぶっちゃいないよ むしろエゴだよ こんなの〉と歌っている。このロックバンドは綺麗なことだけを歌うわけではない。どんな感情も赤裸々に音楽にして表現して伝えている。
SUPER BEAVERを聴いて気づいたことが、もう一つある。自分が嫌いなのは「真っ直ぐに見せかけた歌」だということだ。
中身はスカスカなのに表面上だけ綺麗に取り繕った歌が、世の中にはたくさんある。そんな歌がメディアで「真っ直ぐなメッセージが込められた音楽」と紹介されることもある。
そのような音楽には「こういう歌が世間は好きなんでしょ?」「こんな歌詞なら売れるんでしょ?」という裏事情や打算が見える。自身の表現よりも利益を重視して妥協しているとも感じる。それらは「真っ直ぐな歌」に見せかけているだけで、むしろ「歪にねじ曲がった歌」なのだ。そんな「真っ直ぐに見せかけた歌」が、自分は耳を塞ぎたくなるほどに嫌いだ。
SUPERU BEAVERは真っ直ぐだ。真っ直ぐ過ぎるぐらいに真っ直ぐだ。だから自分はこのバンドの音楽が大好きなのだ。『東京』を聴いて、それを実感した。
こんな真っ直ぐで素晴らしい音楽が存在していて、それをリアルタイムで聴けるとは、なんて贅沢な人生だ。
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