はじめてのチュウに感じる違和感
男らしさや女らしさについて、価値観が変わりつつある。というか今は性別による「らしさ」について再考するべきという時代の流れだ。
それに対して異論はない。むしろ賛成だ。
それによって苦しんだ人もいるだろうし、自分も嫌な経験をしたことがある。性別による呪いなど消滅した方がいい。
それでも「男らしさ」」や「女らしさ」についての歌に、感動して心が揺さぶられるしまうことがある。
あんしんぱぱ『はじめてのチュウ』がラジオで流れていた。久々に聴いたら「良い歌だな」と思った。
1995年にテレビアニメ『キテレツ大百科』のEDテーマとして発表された楽曲だが、もしも2020年にリリースされたとしたら受け入れられなかったかもしれない。
涙が出ちゃう男のくせに
Be in love with you(あんしんパパ / はじめてのチュウ)
これは男が涙を流すことについて「普通ではない」「我慢するべき」という価値観があった上でのフレーズだ。
今の価値観とはズレている歌詞に感じる。これは「男らしさ」というイメージが存在しなければ出てこない言葉だ。
そういえば『アタックNo.1』には〈だけど涙が出ちゃう 女の子だもん〉という歌詞がある。
これも「女性は弱い」というイメージがあったからこそのフレーズである。これも「女らしさ」が影響を与えている歌詞に思う。
去年Z世代が約20年〜10年前の映画を観てレビューするという記事を読んだ。
そこにはジェンダーに対する価値観が変わったことによって、物語を楽しめなくなたという趣旨のレビューもあった。
たった10年前の作品にも違和感を持ってしまうのだ。これは音楽にも当てはまるかもしれない。
Z世代や日々勉強したり考えて価値観をアップデートしている人には、『はじめてのチュウ』を聴いて不快に思う人もいるのかもしれない。もしかしたら今後評価がマイナスに変わる楽曲かもしれない。
歌詞に込められた本来の意味
『はじめてのチュウ』の一部だけフレーズを切り取ると、今は時代遅れの価値観ではある。しかし当時は新しい価値観を取り入れた楽曲だったのかもしれない。
歌詞は恋人への想いが溢れすぎて涙が出てくるという内容。いわゆる「女々しい男」である。
そんな姿が世間が思い描く「男らしさ」と歌詞の内容にギャップがあり、そこに人間味を感じて多くの人の心を動かしたのだと思う。だから子ども向けアニメの曲でありながらも、老若男女多くの人に愛され続けているのだろう。
つまり男らしくない部分を歌うことで、男も女も関係がない「人間らしさ」について歌っているのだ。
『アタックNo.1』は〈苦しくったって 悲しくったって コートの中では平気なの〉というフレーズから始まる。そこには「女だけど強い姿」が歌われている。
そんな歌詞の中盤で〈だけど涙がでちゃう 女の子だもん〉と「女らしさ」を感じるフレーズが使われている。先に女らしくない部分を歌った後に女らしい部分について歌うことで、「人間らしさ」を表現しているのだ。
「男らしさ」と「女らしさ」の呪い。それを解くために、あえて性別による「らしさ」を歌っているように感じる。
短い文章や一部分だけ切り取り、勘違いや思い込みをする人も多い。しかし全体を読み解くと違う印象になる場合がある。そこまで読み解く必要があるのだ。
昭和から平成初期には「女らしさ」や「男らしさ」について歌っている楽曲が他にもたくさんある。それらと歌詞の背景には時代を捉えつつ、新しい価値観を伝えようとしているものが多い。
男はいつも待たせるだけで
女はいつも待ちくたびれて
それでもいいとなぐさめていた
それでも恋は恋(松山千春 / 恋)
例えば松山千春『恋』も主語を「男」と「女」と大きくして性別による差を歌っているフレーズがある。男尊女卑を感じるフレーズもある楽曲だ。
しかし歌詞はだらしない男性に愛想をつかしてフってしまう女性の話。それは「男性は女性より弱い」という古い価値観とは真逆の内容である。
これを男性の松山千春が歌うことで男性の「女のくせに」という世間の反応を抑えることもできて、名曲として受け入れられたのかもしれない。
「男だから」「女だから」という男女の関係というよりも、人間関係について歌っていると感じる。
つまり性別による「らしさ」を含んだ歌詞だとしても、きちんと聴くと「人間らしさ」について歌っているものが多いのだ。
そんなことどうでもいい 人間らしい君と
THE YELLOW MONKEYは1995年に『Four Seasons』という楽曲を発表した。そこには下記の歌詞がある。
男らしいとか 女らしいとか
そんな事どうでもいい 人間らしい君と(THE YELLOW MONKEY / Four Seasons)
また曲の序盤では〈新しい予感 新しい時代 Come on〉とも歌っている。最後は〈まず僕は壊す 全部欲しいから〉というフレーズで歌が終わる。
まだ性別による「らしさ」が世間に浸透している時代に、自身の感情を歌詞にしつつもハッキリと人間らしさと新しい時代について音楽にしていた。
すでに25年前に時代は変わりつつあって、THE YELLOW MONKEYはその空気を感じ取っていち早く音楽にしていたのかもしれない。
世の中にはたくさんの音楽がある。様々なメッセージを含んだ歌がある。
それらが人々の感情に訴えかけることによって、世の中の価値観が変わったり、良くなるきっかけになっているはずだ。
『はじめてのチュウ』も『Four Seasons』も誰かにとって特別な音楽で、誰かにとって価値観を変えるきっかけになった音楽かもしれない。
今でも「男らしさ」「女らしさ」について歌われる音楽について
男の子 ちゃんと傷つけ今は
偉大な過ちの真っ最中
女の子 ぼくらホントにばかだけど
なんでもするよ 泣かないで(ドレスコーズ / ゴッホ)
2013年に発表されたドレスコーズ『ゴッホ』には上記のフレーズがある。2010年代の曲だが「男らしさ」「女らしさ」について歌っていると思う。
しかし自分はこれを古い価値観だとは思わない。
性別による「らしさ」の呪いが残る世の中において、それに適応することでアップデートさせた価値観に思う。
このフレーズからは、優しさを感じるのだ。
作詞作曲をした志磨遼平は1982年生まれ。今以上に男女差別がまだ残っていたころに青春時代を過ごしている。
そんな彼が今でも残る性差別や「男らしさ」の呪いに苦しむ男の子に熱いメッセージを送り、自身も当事者の男性として「女らしさ」に取り憑かれている女の子にも優しくメッセージを送っているように聴こえる。
あえて性別による「らしさ」の呪いに触れて受け入れることで、前に進もうとしている。それも現代だからこその新しい価値観の1つだ。
時代と共に人や社会は変わっていく。20年前の常識は現代の非常識となり、10年前の価値観は現代では時代遅れになってしまう。
それによって当時の音楽を純粋に楽しめなくなってしまうこともあるが、世相を表した音楽には価値があるし、素晴らしいメロディや演奏は色褪せない。
ふと昔の歌を聴いて歌詞に悪い意味で違和感を持ってしまった時は、冷静になって聴き直して欲しい。
もしかしたら改めて聴くと違う景色が見える時もあるはずだから。そこには現代にも通じる大切なメッセージが含まれているかもしれない。
数十年も愛され続けている音楽は、今でも多くの人の心を動かす特別な「何か」があるはずだから。
