5月2日は忌野清志郎の命日
夜から朝に変わるいつもの時間に
世界はふと考え込んで朝日が出遅れた
なぜ悲しいニュースばかりテレビは言い続ける
なぜ悲しい嘘ばかり俺には聞こえる
(忌野清志郎 / JUMP)
これは2004年にリリースされた忌野清志郎の『JUMP』という歌詞の冒頭だ。
リリースされて16年経った2020年でも、この歌詞が胸に刺さる。16年前から何も変わっていないじゃないかと。清志郎が亡くなってから11年も経つのに、2020年の世情を見透かしたような歌詞に思ってしまう。
2020年5月2日。忌野清志郎の11回目の命日。
自分はリアルタイムで清志郎の音楽に触れた時間が少ない。コアなファンと比べると全然詳しくもない。まともに聴き始めたのは2004年に『JUMP』のシングルが出た時から。中学生の時に聴いて好きになった。ライブは2回しか観たことがない。CDJ07/08と日本武道館の復活ワンマン。
でもライブのことは今でも覚えているし忘れられない。武道館で聴いた『スローバラード』が感動的だったことも、CDJの『毎日がブランニューデイ』で風船が落ちてきてみんな笑顔になっていたことも忘れられない。
あの時は本当に完全復活だと思っていた。めちゃくちゃカッコよかった。今でも曲を聴くと心を動かされる。
破天荒なロックンローラーだと認識している人が多いかも知れない。政治問題について唄ったり、テレビで放送禁止用語を交えて歌ったりと。そのような姿勢を「ロック」として評価されている部分がある気がする。
それも清志郎の魅力の一つかもしれない。でも1番の魅力は違う部分だと思う。
ユーモアがあって、ロックだけど優しくて、「音楽」としても個性的で魅力があった。それが自分は1番の魅力だと思う。音楽自体が素晴らしかった。
どんな歌にもユーモアがある忌野清志郎
メッセージ性の強い曲も多い。『サマータイム・ブルース』では原発問題についてストレートな歌詞で歌っている。
オリジナルはエディ・コクランなのでカバー曲だが、歌詞は清志郎のオリジナル。メッセージ性が強い曲だが、重々しい曲にはなっていない。気の抜けたリズムと演奏と歌。なぜかポップな曲に聴こえる。
清志郎の作る音楽は「ユーモア」があるのだ。トゲのある過激な表現でもユーモアを交えている。だから「音楽」として楽しんで聴くことができる。
フジテレビ『夜のヒットスタジオ』にザ・タイマーズとして出演した時もユーモアを忘れていなかった。番組内では東京FMを「政治家の手先」「お◯んこ野郎」など罵倒する未発表曲を歌っていた。
軽快でロックな演奏に、小学生男子が言う悪口のような語彙力のない言葉を乗せて罵倒する。メンバーは法被にヘルメットにサングラス。コント芸人のような格好で演奏していた。
過激なことを歌ってもユーモアを交えてエンターテイメントとして成立させている。ロックバンドとしての音楽もやっている。だから楽しむことができるのだ。
だから楽しみつつもメッセージや想いを受け取ることができる。スタジオにいた他のタレントはザ・タイマーズのパフォーマンスを観て笑顔になっていた。自分はリアルタイムでは知らなかったので、あまり大きな声では言えないが、某動画サイトにアップロードされている動画を観て知った
レコードが売れなくてスタッフを憎んだ
でも意気地がなくて何も言えなかった
俺はダメなやつだ もう死んでるんだ
友達らしき人々よ みんな離れていった
クズクズクズクズ人間のクズ
クズクズクズクズクズがここにいるぜ
(忌野清志郎 / 人間のクズ )
他者を批判するだけでなく、自身の弱さやダメさも認めている。自身のことを曝け出している。ただ上から目線で人や物事を攻めるアーティストではない。嘘をつかないし嘘をつけないから、正直で真っ直ぐなメッセージを唄うのだと思う。
いつかきっとみんな仲良くなれる
いつかきっとそんな世界が来るさ
差別も偏見も国境もなくなるのさ
(ザ・タイマーズ / あこがれの北朝鮮)
北朝鮮をからかうような歌詞で皮肉をこめている内容の『あこがれの北朝鮮』では、後半で上記の歌詞がある。これが清志郎が伝えたいメッセージと望んでいる世界なのだと思う。
清志郎は過激なことを歌ったり破天荒なパフォーマンスで目立ちたいわけではない。怒りを音楽でぶつけているわけでもない。
音楽で世の中を良くするためのメッセージを贈って、世の中を変えようとしたのだと思う。批判しつつも優しさや愛があった。
アーティストとして音楽を紹介する忌野清志郎
音楽にメッセージを込めて世の中に訴えようとしていただけではない。純粋に音楽の素晴らしさを伝えようとすることを第一優先していたと思う。
洋楽の名曲を邦楽の名曲に変化させていた。
忌野清志郎、坂本冬美、細野晴臣による音楽ユニットHISでは、ヘディ・ウエストの『500マイル』を日本語詞でカバーしている。和訳を忌野清志郎。松たか子や藤原さくらなど多くのシンガーが清志郎の和訳でカバーをしている曲だ。
RCサクセションは『COVERS』というアルバムをリリースしている。
洋楽の名曲を日本語詞でカバーしているアルバムだ。ボブディラン『風に吹かれて』やジョン・レノン『イマジン』などの名曲をカバーしている。
それらは和訳というよりも意訳。むしろ作詞に近い。原曲の内容や原曲を聴いて想像できるイメージを元に清志郎が作詞したと言うべきかもしれない。
だから日本語で歌っても違和感がないし、言葉がすっと入ってくる。標準語のイントネーションにこだわった歌唱をしているので、歌で言葉を伝えることを重要視していたのかもしれない。
『デイ・ドリーム・ビリーバー』は清志郎が和訳した楽曲で最も有名だ。この曲も和訳というよりも原曲を元に作詞したと表現する方が正しい。
CMでも使われていたし清志郎の和訳によるカバーを多くのアーティストが行なっている。原曲はモンキーズだが、それを知らずに邦楽だと思っている人もいるかもしれない。
忌野清志郎は海外の名曲を紹介する役割も担っていたように思う。それも自身のアーティストとしての表現を加えて、他の人にはできない方法で紹介をしていた。
ソングライターとしても素晴らしかった
もちろんソングライターとしても素晴らしかった。ロックボーカリストではあるが、ロックだけでなく様々な音楽から影響を受けていたと思う。
代表曲の1つ『スローバラード』はソウル・バラードだし、RCサクセションのデビュー曲『宝くじは買わない』はフォークソングだ。様々な音楽を吸収して忌野清志郎にしか作れない音楽へと昇華させている。
自分が特に好きな曲は『空がまた暗くなる』という曲だ。歌詞が好きなのだ。社会人になってからよく聴くようになった。
おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 笑っていても
暗く曇った この空を
かくすことなどできない
ああ 子供の頃のように
さぁ 勇気をだすのさ
きっと 道に迷わずに
君の家にたどりつけるさ(RCサクセション / 空がまた暗くなる)
ロックは若者に向けた歌詞が多い。しかしこの曲は大人に向けてロックンロールを歌っているのだ。大人に勇気を与えてくれる曲なのだ。
それでいて若者へのメッセージも含んでいる。子供の頃だからこそ持っている大切なものについて伝えてくれる。
やはり清志郎の歌はロックだけど優しい。ロックだから優しい。そこには愛がある。批判的な歌やトゲのある歌もあるけどユーモアがある。全てを音楽の素晴らしさを伝える方向へ持っていってしまう。
もしも忌野清志郎が生きていたら、どんな歌を唄っていただろうか。2020年でデビュー50周年だった。生きていれば69歳だった。ロックな年齢だ。大きなライブや記念ライブもやったのだろうか。
SNSのことをどう思うのだろうか。3.11について何を考え、どのような音楽を鳴らしてみんなに力をくれたのだろうか。 新型コロナウイルスの蔓延について、政府の対応について、ギスギスしている世の中について、どのようなメッセージを発していただろうか。
忌野清志郎は2020年に生きていたらどんな歌を唄っていただろうか。
もしかしたら尖ったことや過激なメッセージを唄っていたかもしれない。でもそこにもユーモアを交えて、批判する対象にも愛を込めて、誰に対しても「愛し合ってるかい?」と訊いているような気がする。
