ここまできたらヒップホップ
「どんどんプリミティブになっているというか、ここまできたらヒップホップ。逆に新しいなと思う」
GRAPEVINEの田中和将が奥田民生の『サボテンミュージアム』というアルバムについて、このような評価をしていた。
「そうですね。ある意味原点回帰かもしれない。チャックベリーみたいに全部同じメロディでも良いんじゃないかなとも思う。あの曲とこの曲が同じだとか言われても、それの何が悪いのかと思うようになってきた」
それに対して奥田民生はこのように答えていた。
2017年9月8日にスペースシャワーTVで放送された『GRAPEVINE SPECIAL -20th Anniversary-』という番組内での、田中和将と奥田民生の対談での会話だ。
「ここまできたらヒップホップ」という言葉が印象的で、納得したし共感した。
奥田民生はロックミュージシャン。ヒップホップをやっているわけではないのに、だ。
斉藤和義が新しいアルバムを発売した。『202020』というタイトルのアルバム。このアルバムを聴いて自分は「ここまできたらヒップホップ」だと思った。
奥田民生の『サボテンミュージアム』と同じように。斉藤和義もロックミュージシャンで『202020』の音もロックンロールでしかないのに。
ヒップホップを感じる理由
『202020』を聴いて、似ている曲が多いと感じた。
どの曲も似たようなメロディ。バックの演奏も似ている曲が多い。凝った曲や新しいことに挑戦しようとしているわけではないようだ。
このように感想を述べると酷評しているように感じるかもしれない。しかし酷評するつもりはない。
歌のメロディは似ている曲が多いが、そこで歌われる言葉の意味やメッセージは全て違う。だから聴いていて飽きない。
似たような演奏の曲が並ぶが、完全に同じではない。演奏はクールだし楽器の音が映えるようなミックスや音作りが心地よい。
まるでバンドマンが集まって気楽に自然に楽しみながら、自分たちの好きな音を鳴らしているように聴こえる。
前作の『Toys Blood Music』はリズムマシンやシンセサイザーや打ち込みを多用し、今までとは違うサウンドのアルバムだった。新しいことに挑戦し作り込み、斉藤和義の新しい魅力が発見できた作品だと思う。
しかし最新作の『202020』は考え抜いて凝った音楽を作ると言うよりも、自然に湧き出た音や言葉をそのまま曲にしたように聴こえる。
だから音が生々しい。
スタジオで一流ミュージシャンがラフに演奏している音を、こっそり聴いている気分になる。だから聴いていてワクワクする。
「ここまできたらヒップホップ」という言葉の意味についてGRAPEVINEの田中和将は詳しく説明したわけではない。
田中和将の意図する細かい意味はわからないが、実際にラップをしているかといえ話ではないことはわかる。『202020』には『シャーク』のようにポエトリーリーディングに近い曲もあるが、そういう曲だから「ヒップホップ」と思うわけではない。
自分は「同じメロディや同じ曲調でも魅力があるし製作者や演奏者の個性が滲み出ている」という意味として理解した。
そういう意味では斉藤和義の『202020』も「ここまできたらヒップホップ。逆に新しい」と感じる。
手癖上等
1曲目に収録された『傷だらけの天使』はカバー曲だ。
『傷だらけの天使』は歌がないインスト曲。まるでバンドメンバーかみんなが知っている好きな曲を、肩慣らしに一緒に演奏しているように聴こえる。
最後に収録された『キャンティのうた』もカバー曲。最初と最後がカバー曲で、それに挟まれるようにオリジナル曲が収録されている。
収録されたカバー曲は斉藤和義の思い入れが強い曲で収録されたらしい。
オリジナルアルバムでなぜ収録したのかと疑問もあったが、今の斉藤和義がやりたい音楽を自然にやろうとしていたからに思う。
だからオリジナル曲だけにこだわろうとしなかったのかもしれない。
斉藤和義のルーツの1つであるロックンロールやブルースの影響を強く感じる曲も多い。カバー曲と混ざっても違和感がない理由は、自身のルーツを大切にした曲や影響が滲み出た曲が多いからかもしれない。
『万事休す』はファンクなリズムではあるが、ギターは「斉藤和義が弾いている」とわかるぐらいに手癖感がある。
斉藤和義の他の曲でも聴いたことがあるようなギターのフレーズと音色。彼の個性を感じる演奏。
うーん、そうは言いつつ、今回はいつも弾いちゃう手癖をそのまま曲にしちゃえばいいじゃんと思ったりもして。「シャーク」や「万事休す」は、「手癖上等だよ」という感じでやりましたね。
──歌詞と同じですね。推敲すれば違うアイデアが出てくるかもしれないけど、あえてそのままでやってみるという。
そうそう。あんまり根を詰めてやるのは避けたかったんですよ。
本人がインタビューで語っているように、自然と湧き出たものをそのまま音楽にしているようだ。
テレビアニメちびまる子ちゃんテーマソングになっている『いつもの風景』はキャッチーなメロディの楽曲。
代表曲やシングル曲しか知らない人が思い浮かべる斉藤和義の音楽といえば、このような曲かもしれない。
一昨年くらいから「ちびまる子ちゃん」のテーマソングの話が来ているというのは聞いてたんです。「うれしいねえ」と思ってたら、さくらももこさんが亡くなって。曲の話もなくなっちゃったのかなと思ったけど、さくらさんの手書きの歌詞が出てきたそうで。それが俺をイメージして書いてくれていたらしくて、「えっ、それは責任重大だ!」と思ったんです。といっても、あんまり悩んでもしょうがないから歌詞を見て作ってみたら、すぐにできたんですよ。楽器も持たずに鼻歌でできた。こんなに簡単にできるわけないと思って、ほかにもいろいろ試してみたけど、やっぱり最初に作った曲がよかったので、そのままいこうと。
演奏だけでなく作曲もラフに作っているようだ。
ギターだけでなく作曲も「手癖上等だよ」という感じで作っている。しかしそれがベストな楽曲になっている。
若手には作れない作品
『202020』は危ういアルバムだとも思う。
自然と湧き出るものを音楽にしたように思う。本人も「手癖上等」な気持ちで作品にしている。
それでも彼のキャリアや才能によって聴いていて気持ちの良いアルバムになっている。だからこそ斉藤和義の個性も滲み出て唯一無二の作品になっている。
しかし「手抜き」と思われても仕方がない制作方法だとも思う。
才能だけでなくそれに裏打ちされたキャリアや実力がある。だからこの制作方法でも作品として成立するものが作れたのだと思う。
過去作の方が聴き応えはある。しかし『202020』は飽きずに気持ち良く聴き続けられる作品だとは思う。
もしも若手アーティストが同じように作品を作ったとすれば、ただの似たような曲や音が並ぶ駄作になっていたかもしれない。
斉藤和義はデビュー27年目のベテランシンガーソングライター。『202020』が20枚目のアルバム。
これまでに様々な挑戦もしてきたし、様々なジャンルを取り入れつつ音楽を作っていた。それによって音楽性の幅も広がっていた。
だから手癖で作ったとしても引き出しが広いし、面白いことができる。ラフに作品を作ったとしても才能や実力が音から滲み出る。即興でも商品として成立する曲が作れるアーティストかもしれない。
簡単に作品を作っているようで、簡単に作れるようになるまで27年かかっているのだ。
だから『202020』のような作品は若手ミュージシャンには作れない。極論、若手は作っては駄目なタイプの作品だとも思う。
もちろん若手には若手にしか作ることのできない作品もある。ベテランが若手の初期衝動を感じる音楽を作ることは難しい。
しかしベテランだからこそ作れる作品もある思う。キャリアがあるからこそ鳴らせる音がある。斉藤和義の『202020』はそんな作品に思う。
GRAPEVINEの田中和将は「ここまできたらヒップホップ」と話していたが「ここまでこれたからヒップホップ」とも言えるかもしれない。
↓関連記事↓
- アーティスト:斉藤和義
- 出版社/メーカー: ビクターエンタテインメント
- 発売日: 2020/01/29
- メディア: CD
![202020 [CD+DVD] (初回限定盤) 202020 [CD+DVD] (初回限定盤)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51zVQyN3lLL.jpg)
