聴き惚れてしまった

彼女の歌声に聴き惚れてしまった。顔にも見惚れてしまうわけだが、それ以上に繊細で透き通った歌声に魅力を感じた。
『カエルノウタ』という楽曲を歌う森七菜の歌声が素晴らしかったのだ。あと顔も素晴らしい。
森七菜も出演している映画『ラストレター』の主題化になっている『カエルノウタ』。この曲で彼女は歌手デビューした。
本業は女優の18歳。2016年にデビューしたばかりだが、話題の映画やドラマに次々と出演している人気女優。
『天気の子』ではヒロイン天野陽菜を演じ、声優としてもデビューをした。先日は【Alexandros】18祭でテレビ番組のナレーションにも挑戦している。
演技やルックスだけでなく「声の良さ」を生かした活動も増えてきた。歌の仕事でも声質の魅力は発揮している。歌っている時が声の良さを最大限に発揮しているように思う。
森七菜の声を意識した作曲
『カエルノウタ』は小林武史が作曲をしている。作曲家としての活動もしているが、音楽プロデューサーとしても長年第一線で活躍している日本音楽界のレジェンド。
映画『ラストレター』では縁が音楽も担当している小林武史。それをきっかけに主題化で出演者の森七菜が歌う『カエルノウタ』を作ったのだ。
しかし映画のついでに曲を書いたようには思えない。作曲家として楽曲を提供しただけにも思えない。
プロデューサーとして「歌手としての森七菜」をプロデュースしているように思うのだ。
森七菜は歌が上手いわけではない。
今まで経験も練習もしていなかったので当然ではある。しかし『カエルノウタ』を聴いていて、歌が下手なようには感じない。魅力的な歌唱に思う。
それは小林武史が「森七菜に最も合う音域」で曲を作っているからだ。
曲のキーは森七菜の地声の高さに近いように聴こえる。曲は最初から最後まで音域はほとんどかわらない。
Aメロでのささやくような歌声は話し声に近い。歌唱の難易度は低い曲だと思う。しかし森七菜の声が最も映えるキーに合わされているので、森七菜が歌うべき楽曲にも思う。
「良い曲」を作るだけではなく「誰が歌うか」も重視して「歌手・森七菜」のデビュー作としてふさわしい楽曲になっている。
飽きさせない工夫
しかし歌声のキーが一定だと、歌の展開を広げづらい。それを小林武史は編曲で飽きさせないように工夫している。
サビから始まる楽曲。サビは日本人が好みやすいヨナ抜き音階でメロディを作っている。それによって多くの人に琴線に響く。
サビの編曲はかなり工夫されている。
曲始まりの最初のサビはエレキギターの音が印象的な演奏。しかし中盤と最後のサビはストリングスの演奏が全面に出ている。大サビの後はピアノの演奏が全面に出ている。同じサビでもバックの演奏は全て違う。
それはサビだけでない。Aメロも1番と2番とでは演奏が違う。2番の方が音数が増えている。
【サビ→Aメロ→Bメロ→サビ→Aメロ→大サビ→サビ】という構成になっている楽曲。一般的なJ-POPの構成に近いが、2番ではAメロから大サビにしたりと変化を持たせることで新鮮に感じる。
後半のサビではメロディに三連符を入れている。最後のサビの「待ってるから」のフレーズは、他のサビでは使われていないメロディ。
このような工夫によって、歌のキーが変わらずとも最後まで新鮮な気持ちで飽きずに聴けるのだ。
小林武史は好きではなかった
自分は小林武史のことを、あまり好きではなかった。その理由については下の記事で書いているので、そちらを読んで欲しい。
物凄い才能と実力を持っていると思う。日本の音楽シーンにおいて重要な人物の一人だと思う。好きでない理由は自分の好みと合わないだけだ。
しかし『カエルノウタ』を聴いたら、小林武史のことを不服ながら好きになってきた。
自分が小林武史が好きでなかった理由の1つに「オーバープロデュースに感じる部分」を大きく感じているということがある。「小林武史の色」を強く感じるプロデュース作品が多いように感じているのだ。
時としてアーティスト以上に強くなる小林武史。それはアーティスト側が望んだことかもしれない。
小林武史の作る音色や編曲に魅せられて、自身の作品に取り入れたいと思ったのかもしれない。しかし自分が好きなアーティストと組むと、アーティストの個性を薄めさせられたような気持ちになっていた。
しかし森七菜には素晴らしい楽曲を提供している。小林武史の個性というよりも、森七菜の新しい魅力を引き出してくれたように思う。
アーティストの場合はもともとミュージシャンとしての個性を持っている場合が多い。それと小林武史の相性が合わないこともある。
しかし森七菜は女優。ミュージシャンとしての個性は今までなかった。それを小林武史が楽曲提供しプロデュースしたことで、歌手としての個性を作り出した。その個性を自分は好きになった。
ついでに小林武史のことも、好きになった//////
小林武史もかわいくいてほしい
森七菜はかわいい。自分は彼女の歌声に惹かれたわけだが、顔にも惹かれる。歌声に聴き惚れるだけでなく、顔にも見惚れる。ポーズもかわいい。

なにかと手を広げがちな森七菜。なんだその手の広げ方。かわいいな。それが良い。

ルックルもかわいさには重要だが、かわいさに重要なことは「どのように見せるか」だ。見せ方によってかわいさのレベルも変わる。
森七菜はポーズを決めなくてもかわいい。何しててもかわいい。呼吸をしているだけでかわいい。顔を隠してもかわいい。しかしポーズも素晴らしいからこそ、可愛さが2倍にも3倍にもなる。
それは音楽も同じだ。
森七菜は声もいい。しかし何を歌っても声質の魅力を感じるわけではない。彼女に合った発声方法や歌い方をプロデュースしたり、声質が最も映える楽曲を作ることで、魅力が2倍にも3倍にもなる。

小林武史のポージングを見てみる。
かわいくない。左手の挙げ方がかわいくない。森七菜ならばかわいく左手を挙げる。小林武史のポージングをなんとかしたい。

指の組み方に違和感を感じる。変な組み方をしている。なぜ全ての指を組まないのだ。かわいくない。音楽の才能は天才的だが、ポージングの才能はない。
ポージングを変えればかわいくなるかもしれない。仏頂面が多い小林武史だが愛嬌を感じる顔でもある。少しの変化で絶対にかわいくなる。

森七菜はいつでもかわいいポーズをする。素晴らしいポージングの才能。ポーズの天才。神。
今度は小林武史が森七菜に「ポージング」についてプロデュースしてもらうべきだ。
森七菜がポージングをプロデュースすれば「小林武史のかわいさ」が引き出されるはずだから。
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