楽曲提供者を売りにする理由
このアルバムで新しいファン層を獲得しようとしている。「アイドルの音楽に興味がない層」に今作でエビ中の魅力を伝えようとしている。
私立恵比寿中学の『plyaylist』というアルバムを聴いて、Spotifyで収録曲のタイトルを見て、そのように感じた。

エビ中は以前から人気アーティストや実力派アーティストから楽曲提供をされている。前作『MUSiC』でも岡崎体育、吉澤嘉代子、Mrs. GREEN APPLEの大森元貴などが作詞作曲をしている。
しかしSpotifyの曲名に、楽曲提供者の名前が表示されることはなかった。新作の『playlist』で初めて表示された。
つまり「私立恵比寿中学」の名前でなく楽曲提供者の名前をSpotify内で検索をすると、エビ中の楽曲も一緒に表示されるようになっている。
楽曲提供者のファンでもエビ中に提供したことを知らない人もいるかもしれない。楽曲提供者は人気アーティストや今話題のアーティストばかり。そのアーティストをなんとなく検索した人が偶然エビ中にたどり着くかもしれない。
エビ中は『playlist』で新しい挑戦をしているのだと思った。今までエビ中に興味がなかった人に聴いてもらうための挑戦に思った。
楽曲提供者にとっても新しい挑戦
『playlist』で初めて他者に楽曲提供したアーティストやバンドもいる。
ポルカドットスティングレイは『SHAKE!SHAKE!』を提供した。ポルカにとって初の楽曲提供。演奏と編曲も担当している。
ポルカの個性が爆発している楽曲。エレキギターのペンタトニックスケールでの個性的なカッティングフレーズが印象的なバンド。『SHAKE!SHAKE!』でもその演奏を聴くことができる。
ポルカは今年リリースしたアルバム『有頂天』では初めて楽曲にラップを取り入れる挑戦をしていた。エビ中への提供曲でもラップが取り入れられている。楽曲提供でも最新のバンド姿を表現している。
マカロニえんぴつも初めての楽曲提供。ギターとピアノの絡み方が心地よくて個性的なバンド。音数は絞り洗煉されたフレーズが耳に残る演奏が特徴的なバンド。
エビ中に提供した『愛のレンタル』もマカえんの個性が詰まっている楽曲。演奏も編曲もマカロニえんぴつが担当した。
後半のサビでさりげなく転調する展開など、流石と感じる曲展開と完成度。このままセルフカバーしても違和感がない出来上がり。
2組ともエビ中に合わせようとせず、バンドの個性を「これでもか」と詰め込んでくる。
楽曲提供はバンドにとっても今まで自分たちの音楽を聴いてこなかった人たちにアピールできる。新しい挑戦でもあり勝負の場。自身の曲と同じように作り込まれた楽曲を作っている。
大森 アハハハ(笑)。音域の高低差が2オクターブあったり、難しいところはあると思うんですけど、アイドルだからと言って歌いやすい曲を書いちゃいけない、エビ中はそういうことをしちゃいけないアーティストさんだなと思ったので。
Mrs. GREEN APPLEの大森元貴は『シンガロン・シンガソン』という楽曲を提供した際にこのように話していた。
『playlist』で楽曲提供したアーティストたちも同じ考えではと思う。他のアイドルに提供するならば歌いやすさや音域などは考慮するはずだ。しかしエビ中に対しては全く遠慮がない。複雑な曲や難しい曲も平気で提供している。
どんな曲を提供しても歌声で応えてくれると期待して、アーティストも自身の個性をぶち込んだ曲を提供しているように感じる。その化学反応によって、楽曲がより輝くことを信じてくれているのだと思う。
エビ中の不思議ですごい部分
石崎ひゅーいやビッケブランカや川谷絵音など、過去に他のアーティストやアイドルに楽曲提供した作品でヒット曲を出したアーティストも参加している。彼らも自身の個性を爆発させた曲や、難しい曲を平気で提供している。
川谷絵音はゲスの極み乙女のメンバーやthe HIATUSの柏倉隆史を演奏メンバーにしている。
ビッケブランカも自身の楽曲で関わることが多いアゲハスプリングスの横山裕章を編曲に迎えている。
石崎ひゅーいも自身のプロデューサーのトオミヨウとタッグを組み、自身の楽曲と同じように制作しているようだ。
つまり、楽曲提供者はいつもの自分の作品と同じように制作している。アーティストの個性が色濃く出るような制作方法を選んでいる。
歌唱にも作曲に見合ったレベルの能力/知識が求められる、すなわち楽典的解釈での曖昧さなど許されぬ。そうでなければ録音のかなわぬことだ。今回の私立恵比寿中学新曲の一番の注目といえば、そうしたプロデューサーのオーダーに、メンバーがいとも易々と応えてみせている点なのだと私は思った。
実は誰もが簡単に歌いこなしたり出来るシロモノではないにもかかわらずこの楽曲、そうとは人に気づかせぬ、耳心地のよい軽い仕上がりとなった、ということである。
川谷絵音が提供した曲は『トレンディガール』。歌のメロディもバックトラックも複雑で作り込まれている楽曲。ミュージシャン・音楽評論家の近田春夫は『トレンディガール』についてこのように評していた。
自分も近田春夫と同意見だが、このように感じる曲は『トレンディガール』だけではない。
Pay money To my PainのPABLOが作詞作曲を行った『PANDORA』は激しい演奏で高速BPMのラウドロック。キーも高い。歌いこなすことが難しい曲だと思う。
それでも難しそうには聴こえない。リスナーは頭を空っぽにして盛り上がれる曲になっている。
iriの提供した『I'll be here』も難しい楽曲だと思う。本格的なR&B。過去のエビ中にはなかったタイプの楽曲。歌唱力が問われる楽曲でもある。
この曲も不思議とエビ中が歌うと難しい歌に聴こえない。心地よくかっこいい楽曲として受け入れてきまう。
難しいことを難しいことと感じさせない。エビ中が歌うと複雑な曲もポップになる。難しい曲も心地よくなる。
これは真似しようと思っても簡単に真似できることではない。それなのに真似できそうな気すらしてしまう。でも、できない。
それがエビ中の持つ不思議な魅力と個性の1つではと思う。
アイドルとして歌うエビ中
「アイドルを超えた」「アイドルではなくアーティスト」
このような言葉を使ってアイドルを評価する人は少なくない。実際に世間がイメージするアイドルソングではない音楽で評価されているアイドルもいる。
BiSHは存在や楽曲のアイドル的ではない部分が評価され人気になった。PassCodeはラウドロックを歌い叫ぶカッコよさでアイドルファンよりバンドファンに評価されているように思う。ベビメタは色々とカオスだからあえてここでは触れない。
そのようなグループも魅力的だ。自分は3組ともにワンマンライブに行ったこともある。それぐらい好きだ。
エビ中も楽曲やメンバーのスキルに注目すれば「アイドルではなくアーティスト」と評価されてもおかしくはない。
特に『playlist』は今の音楽シーンの中心にいるアーティストや、これから音楽シーンを作っていくであろうアーティストが提供している。世間のイメージするアイドルソングに当てはまりそうな楽曲は収録されていない。
しかし、エビ中を「アーティスト」として見る人は少ないように思う。
彼女たちは「アイドルとして」表現をしている。どんな曲も新しい価値観のアイドルソングにしてしまうのだ。
ポルカドットスティングレイの提供曲ではアイドルだからできるであろう「イイヨー!」という可愛らしい掛け声がある。ビッケブランカの提供曲は中盤で「ちがうの NO!」という全員で言うセリフがある。
それはポルカやビッケブッランカの楽曲では聴くことがない展開。アイドルがやるから違和感なく成立すること思う。
このような「アイドルだからできること」を曲に加えることで、どんな曲もポップなアイドルソングにしてしまう。提供者本人が歌う場合とは違う魅力を加えてしまう。
実は誰もが簡単に歌いこなしたり出来るシロモノではないにもかかわらずこの楽曲、そうとは人に気づかせぬ、耳心地のよい軽い仕上がりとなった、ということである。
近田春夫はエビ中の歌唱をこのように評価していた。難しい曲を歌いこなすスキルの高さ、よく練られた歌割り、ユニゾンで歌った時の迫力など、様々な理由により難しい曲も耳心地よく聴こえるのだと思う。
しかし、最も大きな理由はメンバーがアイドルであることに誇りを持ち「アイドルとして」表現することで、どんな音楽もポップでキャッチーにしてしまうからだ。そんな魅力をエビ中が持っているからだ。
アイドルの偏見を壊すアイドルではなく、アイドルの魅力を伝えるアイドル
アイドルはいまだにバカにされがちだ。音楽ではなくルックスやキャラクターで売っていて、音楽は二の次の思っている人が、まだまだ存在する。
それは少しづつ変わってきているとは思う。BiSHやPassCodeはアイドルの偏見をぶち壊した。ベビメタは色々とカオスにした。アイドルの中にも良い音楽やかっこいい音楽があるのだと気づく人も増えてきた。
しかし、それは「アイドルの魅力」ではなく「他とは違う個性的なアイドル」として受け入れられたように思う。彼女たちはアイドル的な部分とは違う部分が評価されていると感じる。
エビ中はアイドルの偏見をぶち壊そうとは思っていないように見える。むしろアイドルらしくあろうとしている。
偏見をぶち壊すのではなく、偏見を持っている人に、アイドルとして「アイドルもいい部分があるんだよ」とアイドルの魅力を「わかりやすく伝える存在」に思う。
先に書いた通り、アイドルソングを作ったことがないバンドや、普段はアイドルソングを作らないアーティストの楽曲も、エビ中はアイドルとして表現し楽曲の新しい魅力を創り出している。
それはアイドルによって作られるアイドルだけが持っている専売特許。しかし歌唱力やパフォーマンス力がなければ、伝わりづらい部分でもある。
エビ中はそれを多くの人に伝えられるだけのスキルを持っている。『playlist』の曲はアイドル以外が歌っても違和感がない楽曲が揃っている。
それでもエビ中が歌うことでアイドルソングにしてしまう。アイドルの魅力を感じる作品になっている。その魅力はアイドルファン以外にも伝えられる強さを感じる。
アイドルを普段聴かない人や、偏見を持っている人にこそ聴いて欲しいと思う。
私立恵比寿中学の『playlist』は”アイドルのアルバムとして”名盤だ。聴いた人はアイドルに対する価値観が変わるかもしれない。
この記事の最後に書いておきたいこと
このアルバムで自分が異質に感じる曲がある。『HISTORY』という曲だ。
王道ポップスに感じる楽曲。クセの強い曲が多いアルバム内では、インパクトが薄い曲かもしれない。エビ中を今作で初めて聴いた人にとっては、魅力が伝わりづらい曲かもしれない。
この曲はメンバーが初めて作詞をした曲だ。メンバーの言葉を編集し1つにまとめたのはいしわたり淳治だが、言葉の表現を変えずに使っているらしい。
エビ中は作詞家としては素人。詩的な表現や凝った表現は少ない。それでも、ファンにとって、最も胸に突き刺さる歌詞とも思う。
空へ永遠色の虹を 君とつくりだそう
出逢ってくれてありがとう
見つけてくれてありがとう
神様は見てくれなくても
気づいてくれる人がいる
『HISTORY』でもエビ中は「アイドルとして」表現し歌っている。彼女たちの歌声は明るく、華やかな曲に聴こえる。メンバーのことやグループの歴史を知らなくとも、心地よいポップスに感じるはずだ。
だから、この歌詞に込められた意味や想いは、ファンだけが密かに感じていればいいこと。
『playlist』はエビ中を知らなかった新しい層にアピールする目的があるとは思う。しかし、エビ中を応援してきたファンにも届く作品だ。むしろファンにこそ最も胸に刺さる作品だ。今まで応援してくれたファンに向けた作品だ。
エビ中ファミリーが『HISTORY』を聴けば、それがわかるはずだと思う。
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