『赤鼻のトナカイ』
今週のお題「クリスマス」
最初に覚えたクリスマスソングは『赤鼻のトナカイ』だった。
幼稚園で先生のピアノに合わせ、みんなで歌っていた記憶がある。他にもクリスマスソングを歌ってはいた。『ジングルベル』や『あわてんぼうのサンタクロース』などなど。でも、ダントツでこの曲が好きだ。
ポップで明るいメロディと跳ねるリズム。歌っていて楽しかった。しかし大人になってから改めて聴いてみると「明るくて楽しい歌」というわけではないと気づく。
真っ赤なお鼻のトナカイさんは
いつもみんなの笑い者
主人公の赤鼻のトナカイは周囲に笑われていた。自分の鼻がみんなと違うことにコンプレックスを持っていた。
幼稚園で友達と一緒に歌っているのに、この歌の主人公は笑い者にされて周囲と馴染んでいない。
暗い夜道はピカピカの
お前の鼻が役にたつのさ
いつも泣いてたトナカイさんは
今宵こそはと喜びました
そんな赤鼻のトナカイが、サンタにコンプレックスを認められて自信を持つ歌。
誰しもに良い部分があり、コンプレックスも強みになるのだと全ての人を認めている歌なのだと思う。クリスマスを盛り上げるための明るい歌としての役割だけでなく、自分に自信がない人を救う歌でもある。
幼少期にそこまで考えて聴いていたわけではない。
それでも『赤鼻のトナカイ』を『ジングルベル』や『あわてんぼうのサンタクロース』よりも好きになった理由は、子どもの頃から自信がなかったこともあり、無意識に共感していたのだと思う。
大人になった今でもそのようなメッセージの曲に感動することがある。この曲が自分の価値観や音楽の好みに強く影響している。
KICK THE CAN CREW『クリスマス・イブRap』
中学生になると周囲も自発的に音楽を聴くようになった。
「ミュージックステーションで○○がでていた!」「今度のうたばんは誰が出るから観ないと!」などと休み時間に話していた。
音楽に詳しいクラスメイトは持て囃されていたし、最新の音楽を聴いているクラスメイトはそのセンスを持ち上げられていた。
ちょうどRIP SLYMEやKICK THE CAN CREWがヒットしてヒップホップが流行り始めた頃、自分もそれらの音楽を聴き始めた。
他のアイドルやバンドとは違うファッションや音楽を新鮮に思った。これを聴けばセンスが良いと思われてクラスで持て囃されるとも思った。
そんな時にKICK THE CAN CREWの『クリスマス・イブRap』と出会った。
山下達郎の『クリスマス・イブ』をサンプリングしてアレンジされた曲。誰もが知っている名曲が新しい姿として生まれ変わる姿に衝撃を受けた。
それは今まで自分が聴いたことがない音楽で、カッコよかった。
友達に『クリスマス・イブRap』を紹介した。めちゃくちゃカッコいい曲があるんだと自信をって紹介した。これで自分もセンスが良い音楽博士になれると思った。
しかし、なれなかった。
この曲はヒットしていたし、ラジオでも流れていた。それなのに「変な曲」扱いするクラスメイトばかりだった。
みんなモー娘やジャニーズに夢中だった。アイドルに負けた。アイドルも好きではあったが、新しいカッコいい音楽を見つけたと思った自分のセンスは共感されなかった。
いつもみんなの笑い者
頭の中で『赤鼻のトナカイ』が流れる。よく考えたら自分のセンスは、子どもとしてはズレていたのかもしれない。
ヒットチャートの音楽で最も好きなアーティストは椎名林檎だった。小学生には理解されない音楽だったかもしれない。
自分のセンスは周りと少しズレているのかもしれないという確信を得てから、周りを気にせず自分の好きな音楽を聴いていこうと思った。
氣志團『SECRET LOVE STORY』
ヤンキーは嫌いだ。
何も成し遂げていないのに偉そうにしているからだ。ルールやマナーを破る奴らもいたし、反発して周囲に迷惑をかけているように見えた。
ヤンキーを持ち上げたり持て囃す人も嫌いだ。ヤンキーが聴くであろう音楽や、ヤンキーがやっている音楽は聴かないように心がけていた。
自分はヤンキー共とは違う音楽を聴こうと思っていた。そもそも奴らとは好みも価値観も違うので、同じ音楽を好きになることはないはずだった。
だからこの曲を聴いて好きになってしまったことがショックでもあった。ラジオで流れていて、優しいメロディと切ない歌詞と心地よい演奏に惹かれてしまったのだ。
曲名とアーティスト名をラジオDJが言う。氣志團の『SECRET LOVE STORY』という曲だった。ショックを受けた。自分に絶望した。
氣志團は自分が忌み嫌うヤンキーだった。わかりやすいぐらいにヤンキーな見た目だった。自分が忌み嫌うヤンキーを認めてしまった。
しかし冷静に考えてみる。
氣志團の過去は知らないが、今はバンドとして多くの人を音楽で笑顔にしている。自分も曲に感動してしまった。
ヤンキー的な行動が良いことだとは思わないが、偏見の目で見る必要はない。
人を偏見の目で見ること。それはグレて周囲に迷惑をかけているヤンキーと同じぐらい酷いことをしているのかもしれない。
イメージで人を判断してはならない。見た目で判断するのも駄目だ。一部の行動や思想だけで判断するのも良くはない。
そんな当たり前のことを忘れていた。氣志團を聴いてそれを思い出した。
氣志團の音楽は楽しくて優しかった。『SECRET LOVE STORY』を聴くと少し胸が温まる気持ちになった。
吉井和哉『バッカ』
10代後半になり、改めて自分が好きな音楽はロックなのだと気付く。
どのジャンルが優れているかの優劣はないと思う。それでも自分が最も好きな音は、ロックバンドやロックミュージシャンの鳴らす音楽だった。
ロックミュージシャンはあまりクリスマスソングは歌わない。歌っているバンドやアーティストもいるが少数に思う。ロックとクリスマスは相性があまり良くないのかと思い込んでいた。
しかし吉井和哉の『バッカ』を聴いて、それは自分の思い込みだと気づいた。
『バッカ』にはロックのカッコよさも、クリスマスソングとしてよ切なさも感じる。それが両立している。曲も吉井和哉の歌声もギターの音も最高だと思った。自分が一番好きなクリスマスソングになった。
でも、もう何年もクリスマスにこの曲を聴いていない。この曲だけでない。他のクリスマスソングもクリスマスに聴かなくなってしまった。聴く気分にならなくなった。
クリスマスソングを聴かなくなってしまった
2009年12月24日。クリスマスイブ。
フジファブリックの志村正彦が亡くなった。訃報がニュースとして知らされたのは、25日だったと思う。
フジファブリックは自分にとって特に大切なバンドだ。他のバンドと比べても特に大好きなバンドだ。CDは全て持っているし、ライブにも何度も行った。志村が亡くなる1ヶ月前にもライブを観ている、
「新曲もどんどんできているので楽しみにしてください」
自分が最後に観たライブで、志村はMCでこのように話していた。
新曲や新しい活動が楽しみだった。翌年には志村の地元山梨県で、過去最大規模の野外ライブが行われる予定があった。2010年のフジファブリックはもっと最高な音楽を届けてくれると信じていた。
志村が亡くなった知らせを知った日に、自分が何をしていたかも鮮明に覚えている。
その日は南船橋のららぽーとに彼女と行った。新しい冬用のコートを買った。緑色のチェックのコート。晩御飯はスイーツパラダイスの食べ放題。食べ過ぎた。吐きそうになった。楽しかった。
武蔵野線に乗って家に帰ろうと電車に乗った。携帯でmixiを開いた。自分の入っているコミュニティの新着のお知らせを見る。そこに書かれている文字を見たとき、すぐには意味を理解できなかった。
「志村正彦、死亡」
フジファブリックのコミュニティに建てられていたトピック。縁起でもないタイトルだと思った。タチの悪い荒らし行為を誰かがしているのだと思った。
でも、そこに書かれている内容は事実だった。
そこには多くのファンからの悲しみや追悼や感謝の書き込みがあった。少しずつ理解が追いついてくる。心臓の音が大きくなるのがわかる。
感情がぐちゃぐちゃになった。志村が居なくなったことを知らずに浮かれている自分に腹が立った。そんな必要もないのに。
もう志村の作った新曲を聴けないことや、彼がステージに立つ姿を観れないことなどを想像したら、電車の中なのに涙が出てきた。他の乗客の人はドン引きしていたかもしれない。でも感情を抑えられなかった。途中の駅で降りてベンチに座った。涙が止まらなくなって、しばらく動けなくなった。
この瞬間から、自分にとってクリスマスが華やかな楽しい日ではなくなった。自分の大好きなバンドマンが居なくなった日になった。
それ以降、毎年12月24日と25日は自然とフジファブリックの音楽を聴くようになった。
悲しい日になったというわけではない。そりゃあ悲しい日でもあるけれど、自分がこの日にフジファブリックを聴いてしまう理由は、悲しみに浸ろうと思っているわけではない。
志村正彦の存在と残した音楽を絶対に忘れないことを改めて想う日であり、今も続けてくれているフジファブリックの強さや凄さを再確認する日になったのだ。
バンドが続くことで志村正彦の音楽も魂も生き続けることができている。今年もフジファブリックは志村正彦の意思を引き継いぎ最高の作品を作って、心に突き刺さるライブを観させてくれた。
クリスマスソングをクリスマスに聴かなくなった理由は、決してクリスマスソングが嫌いになったわけではない。自分にとって志村正彦の存在が大き過ぎて、どうしても思い出してしまうし、忘れられないからだ。
クリスマスソングを 24日や25日に聴くのは最高だ。自分もかつてはそのように過ごしていた。
でも、クリスマスソングを聴くついでに、フジファブリックの音楽も聴いてみてほしい。志村正彦の残した音楽を感じて欲しい。
それは悲しみに浸って欲しいわけではない。メンバーを失ったバンドに同情して欲しいわけではない。
素晴らしい才能を持ったバンドマンが存在したという事実を、多くの人が思い出す日が1日でもあったら素敵だと想うから。そういう日があったら最高だと思うから。
個人的にクリスマスに最も聴くべき名曲は、フジファブリックの音楽だと思っている。だから最後にフジファブリックについて紹介してみた。
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