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さて、ついに関ケ原の古戦場へと繰り出したいと思います!!
スーパーペーパーゴールドなので、レンタサイクルで頑張ります!!
- 徳川家康最後陣地
- 床几場(しょうぎば)
- 田中吉政陣地跡
- 合戦決戦地後
- 石田三成陣
- 島左近陣跡
- 島津義弘陣跡
- 合戦地跡
- 小西行長陣跡
- 西首塚
- 藤堂髙虎&京極高知陣跡
- 本多忠勝陣跡
- 東首塚&井伊直政&松平忠吉陣跡
- 井伊直政&松平忠吉陣跡
- お土産
- まとめ
徳川家康最後陣地
まずは徳川家康の最後の陣地跡です。

岐阜関ケ原古戦場記念館のすぐ真裏というか、真隣にあります。
旗がはためいていました。
旗だけにね!!!!(キリッ)
家康は最初は桃配山(ももくばりやま)という場所に布陣していたようなのですが、思いのほか西軍に押されており、イライラが募って全軍をこの場所まで移動させてきたようです。
ところでみなさん、関ヶ原の合戦に参戦した武将の中の最高齢がどなたかご存じですか?
なんと、最高齢参戦は93歳の大島雲八(おおしまうんぱち)です!
93歳て!現代でさえもう歩くのやっとよ!?(個人差あるけど戦に参戦はちょっと・・・)
ひょっとしたら戦に参戦しながらもその年まで生きているっていうことで縁担ぎ的な感じで連れてきたのかもしれませんが、それでも合戦に参加してたっていうんだからすごい!
床几場(しょうぎば)
家康の最後陣地には床几場(しょうぎば)と言われる首実検をした場所もありました。


石田三成の首がない!ということで探させたんでしょうかね~。
田中吉政陣地跡

ちなみに、関ケ原から逃亡した石田三成を見つけたのがこの田中吉政です。
ここから自転車を漕いで、移動です。地図を片手に、自転車を漕いでいきます。

こんな感じで、住宅街の近くにも案内板が出ているのでわかりやすい!ありがとうございます!
道中、こんな田舎道(褒めてる)を通って行きます

天気も良くてね、最高のチャリンコ日和でした。旅行、最高!
合戦決戦地後
さて、次にやって来たのはこちらの合戦決戦地跡です

合戦が始まった最初は西軍の方が押していたらしいです。ところが小早川秀秋の裏切り、大谷吉継の配下の者らの裏切りもあり、大谷吉継も自害、西軍は崩れてみるみる敗走。その中でも石田三成は最後の最後まで戦ったとのことなので、きっとここで頑張っていたんでしょうね(結局三成自身も関ケ原から北北西と言っていいのかな?の伊吹山方面へと敗走しています)。
石田三成陣

全然行く気なんかなかったんですけど、肉眼で石田三成の陣地が見えたので『せっかく自転車借りてるんだし乗らなきゃ損そん!』と思って行ってみました。

立派な馬防柵です。人と比べるとその高さなどが伝わるかと思います!そんでもって木のさきっちょが尖ってて怖いーー!
さて石田三成の陣地跡へ向かうべく、階段を登り始めたのですが

熊が出たらどうしようと思いつつ、看板には「サルに注意」と書いてあったので上ってみたのですが・・・登ってすぐに息切れ(笑)
東京の地下鉄の階段を頑張って登り降りしてたのになぁ~💦
さてこちらが石田三成陣跡です。

西軍として行動していたにも関わらず、合戦当日は「今、弁当食べてるんで軍を動かせません」と言って戦を傍観した吉川広家(きっかわひろいえ)らがいた南宮山(なんぐうさん)も見えます

合戦の最中「戦ってくれ!」と直接お願いに行った島津義弘の陣跡も見えます。その奥には裏切った小早川秀秋の山も見えます。

こうやって肉眼で見てみると、石田三成はどんな気持ちだったのかなぁ。
島左近陣跡
三成側近の島左近(しまさこん)陣地跡は、石田三成の陣跡のすぐ真下にありました

島津義弘陣跡
こちらは島津義弘の陣地跡です。

『11月に来てよかった~~』と心の中で思いつつ、ちょいと奥に入って行きます。

写真が暗くて見えにくいのですが、石碑には「小池 島島津義弘」と書かれています。
「小池って誰?」と思っていましたが、どうやらこの辺りは「小池」というらしいです。それで石碑には「小池 島津義弘」と書かれているそうな。
合戦地跡
自転車で移動して、今度は開戦地へ。

ということは、ここで(イケメンと言われている)井伊直政様が松平忠吉(家康の四男で、直政の娘と結婚してます)が福島正則より先に駆け出したところかっ!?
小西行長陣跡
その近くには西軍の小西行長の陣地跡。

『せっかく2,310円で自転車借りたんだから!』という貧乏根性を丸出しにしてやってきましたが、実は小西行長については勉強不足のため、豊臣秀吉の親戚だったっけ?くらいの知識しかありません(笑)
さらに古戦場や史跡を回ります。
西首塚
藤堂髙虎&京極高知陣跡
続いてやってきたのが藤堂髙虎&京極高知。
不法侵入で声かけられたらどうしようと思うとヒヤヒヤ。。。
祝日で生徒さんいなくてよかった・・・。

本多忠勝陣跡
さらにさらに、家康の側近、本多忠勝の陣跡へ。

めっちゃ民家やーん!
静かに通らせていただきます。

本多忠勝は関ケ原には500人ほどの兵で参戦したとされていますが、実はほとんどを家康の息子の秀忠(@長野県の上田城)の方に置いてきていたとか、合戦当日は家康の周りに兵を回していたから忠勝には500人程度しか兵を率いていなかったなどなど、諸説あるようです。
なお、本田忠勝は約6メートルもある槍(蜻蛉切(読み方:とんぼきり))で戦っていたようですが、身長は157cmと、当時からすれば平均身長くらいですね。
私とさほど変わらないんだなぁ。
まあ私、殿方の身長は気になりませんから構いませんわよ、おほほ。
東首塚&井伊直政&松平忠吉陣跡
岐阜関ケ原古戦場記念館に戻るまでの道すがら、東首塚、井伊直政&松平忠吉(家康の四男)陣跡へ。
東首塚


当時は敵軍といえども、戦で亡くなった方に対して丁重に扱っていたようです。
家康がこの地を納めていた竹中重門に首塚を作るよう命じたそうです。
西軍8万、東軍7万ともいわれる合戦でしたので、名も知らぬ方々もたくさん亡くなられたことでしょう。。。
井伊直政&松平忠吉陣跡

そして最後は岐阜関ケ原古戦場記念館に戻ってフィニッシュです!
いやあ、疲れましたぞ!
あと、時間が足りない足りない!
お土産
さて、岐阜関ケ原古戦場記念館別館にはレストラン・カフェのほかにもお土産コーナーもあります。
コーナーといっても立派な売り場でして、マニアックなものから日常使いできるものまで多数のラインナップ!
見てるだけでもかなり楽しいです。
そんな中で私が買ったお土産を少しですがご紹介します。
・謀反いたしますクッキー
関ヶ原の合戦関係ないんですけど、明智光秀の謀反致しますクッキー。

ブラック企業に勤めているみんな!
これを持って謀反だーーーー!
確か税込み680円
・家紋クッキー

普通に美味しかった・・・。
確か税込み648円
・すごろく

すごろくもいくつか種類があったのですが、今回はこちらのすごろくを・・・。
姪っ子と大晦日にやりました(姪っ子がすごろく好きなので購入)

確か税込み550円
・靴下

姪っ子用に購入。
ポムポムプリンとコラボしてればなんでも可愛く見える。
他のキャラともコラボしてました!
確か税込み550円
・タオル

もうね~自分用にタオルのお土産やめようって心に決めてたんですけどね~(;'∀')
見たらもう「欲しいぃぃぃ」ってなっちゃって、カゴの中に入れてましたね(;^ω^)
確か税込み2200円
まとめ
ということで今回は、岐阜関ケ原古戦場記念館から電動アシスト付き自転車で古戦場&史跡巡りをした様子をお届けしてみました!
正直言って、時間が全っ然足りないです、ほんと!
岐阜関ケ原古戦場記念館に1日はいらないんですけど、やっぱり古戦場巡りとかも行くとなると、1泊2日は欲しいですね。
個人的には欲しいと思いました!
かなり駆け足になってしまって、せっかくの機会だったのに勿体ない!って感じでした。
ここは是非また膝が元気なうちに行きたいです。
その際は今回行けなかった大谷吉継の陣跡、小早川秀秋の陣跡、できることなら島津義弘・豊久らの退却路なんかも回りたいです。
お近くに住んでる方が心の底から羨ましい!(でも雪が降るから住むのはやっぱり東京でいいかも笑)
興味がある方は是非、岐阜関ケ原古戦場記念館に遊びに行かれてみてはいかかでしょうか(*'ω'*)
更新が遅くて大変申し訳ないのですが、次回もどうぞよろしくお願いします~~(*'ω'*)