今日は山口を巡ります。目的地は、秋芳洞とアルスト大地、そしてちょっと足を伸ばして萩で歴史の勉強もしてみることにしました。一緒にキャンプをしてくれている友人は超が付くほどの歴史好き。彼が案内してくれたら萩の観光は楽しいに決まっています。
という訳で、デリカに積んである大量の荷物を降ろして、サードシートを復活。6人でドライブも楽しんだ一日になりました!
秋芳洞

秋吉台家族旅行村で迎えた朝です。
そうそう、遊びに来てくれた友人にはトレーラーの二段ベッドで寝てもらいました。というのも、彼は最初、「テントで寝るよ。南極ほどは寒くないから大丈夫でしょ」なんて言っていたのですが、氷点下でのキャンプは辛いです。なので、「お願い」をしてトレーラーに入ってもらいました。
ちなみに、彼はホームセンターで買った数十ドルのテントと変速機も付いてない自転車で北アメリカ大陸を横断したようなヘンタイなので、やっぱり感覚が違います。世界を旅してきた人はどこかネジが外れていますよね…(笑)。

さて、今日の最初の訪問地は秋芳洞。
キャンプ場からは車で5分もかかりません。コインパーキングに車を止めて、お土産屋さんが並んでいる通りを歩くと、秋芳洞の入口に到着します。なんだか、昭和の雰囲気満々のひなびた観光地って感じのところでした。

秋芳洞は秋吉台の地下100〜200mに広がる、日本最大級の大鍾乳洞です。特別天然記念物にも指定されています。
その総延長は10kmを超えていることがわかっているそうですが、調査が進むたびに延び続けているんだとか。そんな中、 約1kmは観光コースとして歩くことができます。

こちらが、洞窟の入口。
洞窟から流れ出てくる川は吸い込まれそうなくらい透き通った青い色をしていました。

さて、入ってみよう。

洞内は照明も適度にあって、歩きやすくなっています。

そして、入口を入ってすぐに表れたのは、「冒険コース」。300円を料金箱に入れると、入場することができます。
せっかくなので、挑戦してみることにしました。

こちらのコースには照明がありません。入口で借りた懐中電灯だけが頼りです。
ルートは「冒険」という程ハードなものではありません。ほふく前進をするようなところがある訳でもなく、段差を利用しながら洞窟の壁を登っていくような感じでした。

上部に上っていくと、洞窟全体を見下ろすことができてなかなかの光景でした。

あちらは洞窟の入口。
たったこれだけ入ってきただけでも、太陽の明かりのありがたさを身に染みて感じられます。

途中、ちょこっとだけ冒険ちっくな道もありました。

といっても、子どもでも全然OKです。(というか、こういうところは、子どもの方が得意か?)
ちなみに、私は大学時代、探検部に所属して洞窟に潜っていたんです。ロープを使った垂直降下とか、頭と肩がやっと入るような狭い穴に入ったりとかやっていました。今はとてもできませんね…。

冒険コース最上部からの眺め。
洞窟の大きさをより実感することができました。

さて、観光コースに戻りました。
先へ進みましょう!

こちらは百枚皿。
石灰質を含む地下水が少しずつ流れ、溜まり、乾き…を繰り返すことで形成された棚田のような風景。どれだけの時間をかけて形成されたんでしょうねぇ~。

こちらは洞内富士。その名の通り、裾野を広げた富士山を連想させる姿です。
天井から落ちる地下水に含まれる石灰分が下から積み重なって成長したもので、現在もゆっくり成長を続けているそうです。しかし、「ゆっくり」ってどれくらいのスピードなんだろう?相当、ゆっくりですよね。

千枚田

傘づくし

そして、これが一番の見どころである黄金柱。その高さは15m、幅は4m。天井から流れでた地下水が壁を伝い、その部分に石灰分が付着して何万年もの年月をかけて築き上げられたのだとか。
何万年かぁ~。すごいスケールの話です。

ここまでくれば、先はあとちょっと。

最後は「3億年のタイムトンネル」。秋芳洞の期限が3億5千万年前にあることから名づけられたのだとか。
ちなみに、弥生時代くらいの先は現代まで一気にとんでいました。しかし、弥生から現代の2000年は「一瞬」として扱えるくらい、秋芳洞の歴史は長いということなんでしょうね~。

「黒谷入口」にて地上に出てきました。
ここからは再び洞内を歩いて戻るか、地上を歩いて戻るかになります。多くの方はタクシーで戻るようですね。我が家は地上を歩くことにしました。
この時、気づいたのですが、どうやら秋芳洞はキャンプ場の真下にあるようです。なので、車をおいた「正面入口」に戻る途中でキャンプ場の入口を通っていくことになりました。よって、車はキャンプ場に置いたまま、キャンプ場→正面入口→秋芳洞→黒谷入口→キャンプ場へと歩けば、わざわざ駐車場代を払う必要なんかなかったんですねぇ~。
秋吉台カルスト展望台

車を少し走らせて、秋吉台カルスト展望台にやって来ました。

これがカルスト台地。

あちらこちらに岩が顔を出している風景は独特です。
ちなみに、秋吉台では毎年2月に野焼きが行われています。野焼きが行われる理由は、草原の景観と生態系を守るために欠かせない管理作業だからなんだとか。伝統行事というだけでなく、科学的にも必要性が認められているそうです。
ちなみに、今日、ここを案内してくれている友人もボランティアでここの野焼きに参加しているそうです。

さて、この後はカルスト台地の中をドライブしながら、日本海を目指しました。
目的地は萩です!
松陰神社

萩での目的地は松陰神社。一日かけて色々と散策したいところではありますが、子ども達は飽きてしまうだろうと思って、今回はこの神社と境内にある歴史館だけを見ていくことにしました。
ところで、吉田松陰は江戸時代末期に生きた人物で、亡くなってからまだ200年も経っていません。それなのに、神として祀られ神社が作られているって、すごい話ですよね。

こちらが神社の境内にある歴史館。令和5年10月にリニューアルされたそうで、ピカピカでした。
ここでは、吉田松陰の生涯について解説されています。

吉田松陰は、幕末に松下村塾で多くの若者を導いた教育者。
その教えは高杉晋作や伊藤博文などを通じて明治維新へとつながりました。

1854年、吉田松陰は下田に停泊していたペリー艦隊の黒船に乗り込み、アメリカへ渡ろうと直訴したそうです。日本の未来のためには自分の目で世界を見て学ぶべきだと考えたからだとか。しかし、アメリカ側に「政府の許可がない者は乗せられない」と断られ、松陰は岸に戻ると自ら出頭し、その後投獄されたとのこと。

黒船に乗り込んでアメリカへ渡ろうとする行動力と、自ら出頭するという正直さ。どちらも、そう簡単にできることではないですよね…。

1859年、吉田松陰は安政の大獄で処刑されました。享年29歳。処刑された理由は、「取り調べの場で自ら過激な政治行動を主張したため、尊王攘夷のために行動を起こす危険人物とみなされた」ためだとか。
普通に(?)考えると、「黙っていればいいのに…」と思ってしまいますが、そこまでの強い意志がなければ「国を変える」ということはできないのでしょうね。そして、その歴史の先に今の私達の暮らしがあるのかと思うと、なんだか切ない気持ちになってしまいました。

時間は13時を回ってしまいました。お腹が減った…。ということで、「道の駅・萩往還」にてお昼ご飯にしました。
我が家には珍しい外食。子ども達は迷い過ぎてなかなかメニューを決めることができなかったのはちょっと面白かったです。
秋吉台家族旅行村

キャンプ場に戻りました。
戻ってくるなりすぐにモルック大会の開始。子ども達はやっぱり観光よりこっちの方が楽しそうです。

焚火も開始。
夜は寒くてテントから出られないだろうから、明るいうちに火遊びしちゃいました。

長女はナイフでなにやら削り始めた。
なんか、みんな危険な遊びばかりしてしてますなぁ~(笑)。
そんなこんなで、友人との時間を楽しめた一日でした。さて、明日は移動です。県境を越えて、島根を目指します!
備忘録
12月28日(日)
秋吉台家族旅行村8:50→8:55秋芳洞11:15→11:25秋吉台カルスト展望台→松陰神社→道の駅萩往還→15:25秋吉台家族旅行村
この日の走行距離:牽引あり0+km+牽引なし72km=72km
この旅での走行距離:牽引あり892km+牽引なし72km=964km