
諫早市の「KARACO CAMPVILLRAGE」をベースにして、今日と明日の2日間は長崎市内観光を楽しみます。
トレーラーでの旅で困ってしまうのが、こういう時なんですよね…「市街地での観光」となると駐車場問題に頭を抱えることになってしまうんです。例え、バス用駐車場があってもものすごい値段になってしまうことがほとんど。そのため、「ベース基地にトレーラーを置いておき、デリカだけで市内に向かいたい」という思いから、長崎市近隣のRVパークや近隣のキャンプ場を探してみたのだけど…よりによって年末年始だからどこも予約がいっぱい!で困ってたんです。
1週間前に偶然見つけた「KARACO CAMP VILLAGE」から長崎市内へは、した道でも1時間程。それくらいなら問題ない距離です。という訳で、今日は夜遅くまで長崎市内を満喫することにしました!
KARACO CAMP VILLAGE

7時を過ぎてようやく東の空が明るくなってきました。
目の前に島原半島が横たわっているので、太陽が顔を見せてくれるタイミングはさらに遅くなりそうです。

それにしても気持ちのいい眺めだな。
風もなく、気温もそこまで低くなく、とても年末とは思えない穏やかな朝でした。

いやはや…本当に気持ちのいいキャンプ場だ。

子ども達は目を覚ますなり、遊具で遊び始めていました。

なかなかいい絵になっているね!
この写真、10年後くらいにこの子ども達にまた見せてあげたい。

さて、この時間を使ってパパはデリカの屋根からキャリアを外しちゃいました。
年末のお休みが始まりましたから、長崎市内は観光客でごった返しているハズ。駐車場もすんなりと確保できるかわかりません。なので、少しでも「高さ制限」のハードルを下げるべく、キャリアを外しちゃいました。

無線のアンテナだけは諦めましたが、メジャーで図ってみるとこれでも2.1m制限もクリアでそうです。
※結果的にはそこまでやる必要はなかったのですが、結果オーライです(笑)。

今日は夜景を目当てに夜遊びをするつもりなので、お昼出発の予定。午前中はキャンプ場でのんびりと過ごすことにしました。子ども達はこの時間が一番楽しいですからね。
気づくと、お隣でキャンプをしていたファミリー(福岡からの方)の子ども達と一緒に遊び初めていました。後で聞いたら、
あのお友達、わからない言葉、しゃべってた。
とのこと。九州の方言だね。いい経験したねぇ〜(笑)。

私は若い頃に宮崎の宿で居候生活をしていたので九州の方言には耳が慣れているのですが、初めの頃は戸惑うことが多かったです。
今でもよく覚えているのは、「なおす」という言葉の使い方。宮崎・延岡市の自動車教習所に通っていた頃、教官から「そろそろ時間だから、車なおそっか。」と言われ、
?????
となってしまいました。
この車、壊れたの?
って(笑)。

そう、「なおす」とは「片付ける、しまう、元に戻す」という意味で使われているんです。後で、知ったところによると、愛知以西だと「なおす」で通じるみたいですね。
当時は全くわかりませんでしたよぉ〜。

さて、お隣のファミリーはチェックアウト時間に合わせて出発してしまいました。子ども達はかなり残念そう…。けれど、出会いと別れは旅の醍醐味の一つです。
では、我が家もお出掛けしますかね!
平和公園

キャンプ場から車を走らすこと約1時間。長崎市内に入りました。
路面電車って、風情ありますよね。身近なところでは見る機会もないので、「遠くへ来たな」という臨場感を覚えます。それにしても、路面電車が走る町での車の運転は本当に怖い!スリル満点です。トレーラー牽いてくるなんて絶対に無理!

平和公園駐車場にピットイン。平和公園の地下にある駐車場で、観光バスでも入れる大規模な駐車場です。なので、車高制限はご覧の通り。わざわざキャリアを外してくる必要なんてありませんでした(笑)。
ちなみに、こちらの駐車場は24時間駐車可能です。しかも、夜間の駐車料金はとても安い。ということは…車中泊できる?

ダメでした。あくまでも、近隣の宿泊施設に泊まる方のための配慮のようです。
う〜ん…需要はあると思うんだけどな。(まぁ、地下で車中泊ってのもあまり気持ちのいいものではないかな?)

長崎の平和の象徴である平和記念像です。天を指さした右手は原爆への脅威、水平に伸ばした左手には平和を表しているとのこと。
ちなみに、手話で「長崎県」を表す時は、右手と左手をこの形にして表現しますね。

公園を進みます。
楽しみにしていた長崎観光の第一弾ではありますが、もちろん明るい気持ちにはなれません。しかし、ここは踏ん張りどころです。長崎に来たからにはここで学ばなければいけないことがあります。

平和の泉。
原爆により焼けただれ水を求め亡くなっていった被爆者の冥福を祈って作られた泉です。石碑に刻まれた少女の手記は重々しいものでした。

平和公園を出たところにある広場が原爆落下中心地。1945年8月9日11時02分、ここの上空500mで原子爆弾が炸裂し、一瞬のうちに多くの人々の命が奪われました。
この一帯はこの先70年は草木も生えないだろうと言われたそうですが、1ヶ月後には30種類の植物が次々に芽吹き始めたのだとか。そんな話を聞くと、今ここに広がっている緑の風景には、生命が持つ底力を感じさせてくれますね。

そして階段を登ると、原爆資料館です。すすんで入りたいと思うところではありませんが、子ども達には学んでおいて欲しい。
と思ったら!

えっ!
まじかぁ〜!やってしまった…。年末年始だからこういうことは予想して下調べはしてあったんです。しかしながら、なかなか宿(キャンプ場、RVパーク)の予約が取れず、何度も予定を組み直していたので、つい「うっかりミス」をやってしまったのでした。
奥さんと協議をしましたが、「いくらなんでも長崎に来ておきながらここを見ない訳にはいかないでしょ!?」という話になり、後日、再訪問することにしました。元旦以降は佐世保へ移動する予定ですが、予備日が一日あるので佐世保から長崎市を往復しようと思います。
出島

この後は予定を入れ替えて出島を訪問することにしました。
せっかくなので、車は駐車場に入れたままにして路面電車で移動です。

時刻表なんか確認する必要がないくらい電車はたくさん走っていますが、車内はぎゅうぎゅうでした。けれど、乗り降りが激しいのでお客さんはどんどん入れ替わっていく感じです。
ちなみに、この電車は「後ろ乗り・前降り」のシステムなのですが、車両の幅が狭いので通路に立っている人がいると後ろから前への移動ができません。なので、駅に停まる度に立っているお客さんは前へ前へと流れ、その途中のどこかで席に座れる、という感じでした。
そんな御当地ルールを垣間見られるのも、旅の面白さの一つですね。

平和公園から15分ちょっと。出島駅に到着です。
路面電車のレールから伝わってくる振動と音って独特です。子ども達は始めての体験を楽しめたみたい。やっぱり鉄道の旅っていいですね。車だけの移動だと、どうしても「日常の延長」になってしまい、感動が薄くなってしまうと私は思います。

こちらが出島です!
日本人なら、誰もが歴史の授業の中で学んだ記憶が残っていることでしょう。

そう、江戸時代の当初、出島はその名の通り島でした。
町から海へと流れる中島川の河口にあった砂州を土台として埋め立て作られた、人工島です。

しかしながら、鎖国の終わりに併せて出島はその役目を終え、明治維新の中で島は埋立地の一部になってしまったんだとか。

それがそれが、出島は歴史的遺産として鎖国時代の建物が復元されるようになり、今日に至るそうです。
将来的には四方に水面を復活させ、19世紀初めの頃の出島を完全に復元させる計画でプロジェクトが進められているそうですよ!

さて、出島に入ってみましょうか!

出島の中にあるミニ出島。

解説によると、寛政10年(1798年)に起きた火災により出島は多くの建物を失ってしまったのだとか。
それにより、残されている資料も少なく復元は難しい部分もあるようです。

それにしても、このような写真が残されているというだけで「近代」を感じさせます。出島がその機能を果たしていたのは、1636年から1859年まで。ちなみに、日本に初めて「写真」が伝わったのは1843年。上陸地はやはり長崎だそうです。
そう考えると、上の写真が撮られたのは出島の歴史の中でも終盤に近い頃であり、日本では最古に近い「写真」ということになるのでしょうか。

江戸時代の日本は鎖国をしながらも出島を通してポルトガルとオランダとは貿易をおこなっていました。そして、出島を通して世界の技術が日本に入ってきたことも周知の事実です。
しかしながら、逆に出島を通して日本から海外へは何が流れていったのだろうか?意外に知りませんでした。

貿易が始まった当初、出島からは金や銀が輸出されていました。しかし、銀が国外に大量に輸出され国内で品不足になってしまったことから、銀に代わって銅が輸出されるようになったそうです。
画像の右側にある細長い棒が卓銅(たくどう)と呼ばれる銅の固まり。全国の銅山で産出された銅は大坂・住友の銅吹所にて卓銅に姿を変えられ、

木箱に収められて長崎へ運ばれ、

厳しい検品を受け、

アジア、ヨーロッパに輸出されて貨幣や船舶や建築、武器などの材料として使われていたそうです。
いやぁ〜すごい話ですよね。産出された銅を卓銅にするだけでもすごい技術だと思います。江戸時代の話ですから。そして、こんな木造の帆船で外国へ運んでしまうんだもんなぁ。

貿易船が長崎港に入港する時期は、季節風の関係で旧暦の6〜7月が最も多ったのだとか。
そうです…通信手段など何もない中、風と星を頼りに、地球を航海していたんです。本当にすごいことだと思います。

出島の造りについての解説もありました。
「河口の砂州を土台として…」と言ってしまえば簡単な話ですが、それだけでは波に削られてしまいます。実際には様々な工夫がされているようです。

しかしながら、海の中に島をつくるという発想、工事の設計・監督にあたった人物、その土木技術の詳細については、現在も謎に包まれているんだとか。

いやぁ〜、見るところが満載で、途中で疲れてしまいました…。
けれど、そりゃそうですよね。南蛮貿易から大政奉還までの歴史は300年以上ありますから。それを1日で学ぼうって話に無理があります。

長男は窓から路面電車を眺めている方が面白かったみたいですが…。

そんなこんなで、江戸時代の貿易についてお勉強をした一日でした。
長女はあと2年したら小学校の社会科で歴史を学ぶでしょうから、その時に今日のことを思い出してくれたら嬉しいです。
あっ!そこ、行ったことある!
って、なるだけでも興味の持ち方は全然違うと思いますからね。
ちゃんと覚えておいてねぇ〜!
1000万ドルの夜景

さて、この後は「世界新三大夜景」であり「1000万ドルの夜景」でもある長崎の夜景を眺めるべく、稲佐山公園へやって来ました。
利用したのは中腹駐車場(収容台400台、無料)です。ご覧の通り、まだ時間が早いこともあって停め放題でした。それにしても、ここまでの道のりはとてつもない急坂でした!絶対に絶対にトレーラーを牽いて来てはいけません!

ちょうど山頂から「スロープカー」が降りてきました。中腹駐車場と山頂を結んでいる乗り物です。
しかし、我が家は…

歩きます!
駐車場から山頂までは遊歩道が整備されており、距離にて約800m、歩いて15分とのこと。
楽勝でしょっ!

スロープカーの線路(!?)下に伸びている遊歩道を登っていきます。ひたすら階段が続くけど、山歩きに慣れている我が家にとってはなんてことない…ハズでしたが、
あれ、乗りたい!
帰りは乗ってもいいでしょ?
って、うるさいのなんの。
なんだか、「歩くのが嫌」というよりも、「初めて見るあの乗り物に乗ってみたい」という好奇心が強かったみたいです。
う〜ん…そこまでいうのなら、帰りは乗ってみますか。

さて、到着です!

ちょうどいい時間に到着できたかもしれません。

夕日に照らされる、長崎の島々が美しい。そう、長崎県にある島の数は1479であり、長崎県は日本で一番島の数が多い都道府県なんです。
奥の方に、かすかに軍艦島が見えています。行って見たいと思っているんですけどぇ…次回かなぁ。

おっ!
そろそろお時間のようです!

きました、きました!

なるほどぉ〜!これが、「世界新三大夜景!」「1000万ドルの夜景!」ですか!
確かになかなかかの見ごたえ。函館と同じで、海との境目で「スパッ」と明かりが切れるので、その組み合わせが余計に光の存在を目立たせますね。




ちなみに、夜景が一番綺麗に見られる時間は20〜21時なんだそうです。理由はというと、その時間帯は家屋の明かりを灯すように市民にお願いをしているからだとか。なかなか面白い試みですね。
今日、その時間までは滞在しませんでしたが我が家としては十二分に「世界レベル!」の夜景を楽しむことができたのでした!

帰りは悲願(!?)のスロープカーで中腹駐車場へ戻りました。車内から眺める夜景もなかなかなもので、子ども達は期待通り楽しめたようです。
それにしても、2両編成のこの乗り物。急斜面を上り下りするというのに車内は常に水平が保たれていました。
どういう構造なんだろう???
そんなところに興味を持ってしまったのは…パパだけでしたねぇ〜?
そんなこんなで夜まで満喫した長崎市内観光1日目でした。
さて、明日もまたこの街を周る予定です!
備忘録
12月30日(月)
KARACO CAMP VILLAGE11:50→12:55平和公園→(市電)→出島→(市電)→平和公園16:45→17:10稲佐山山頂展望台1845→19:55KARACO CAMP VILLAGE
本日の走行距離:牽引あり0km+牽引なし78km=78km
この旅での走行距離:牽引あり1471km+202km=1673km