「午前十時の映画祭14」で今年1月上映されていた『妖星ゴラス』(1962)と『海底軍艦』(1963)4Kデジタルリマスター版を観てきたので感想です。既に配信やディスクで鑑賞できるので内容の感想はそこそこに、「午前十時の映画祭」の感想では映画館での体感・4K版の映像・音響についても触れたいと思います。
それにしても、映画館で着席したら帽子位は脱いで欲しいものですね。余程の事情がない限り。前方の着席者の帽子の影、特にキャップのつばの影が視界にチラチラ入ってげんなりすることがあります。統計を取ったわけではないですが、どうもキャップを被っているのは年配の方の割合が多いようで⋯。映画館の座席の性質上、着席するとつばは頭より前にくるし、頭の角度でつばが斜め上を向くので気をつけて頂きたいです。深く腰掛けて欲しくもありますが、腰に来るのは理解するので、せめて。
『妖星ゴラス』(1962)の感想
この時期の作品になると、4Kの映像面での恩恵はさほど感じない。過去にDVD化された時点で一定の改善がされたように思う。発色の良さはこれまでの4K同様、期待通りだった。ラストの水没する東京も、贅沢なセットだなと改めて感心。南極の建造シーンなどスケールが大きく、後年の作品にも影響を与えているのではないか。
発色が良くなった『妖星ゴラス』はドラマ場面と特撮場面の切り替えにあまり違和感がない。空間・空気のつながりが良いのだ。一方で、クロマキー合成や光学合成にあれ? というズレやイマイチな箇所がチラホラあるのが不思議。こういう完成度の高い特撮映像の印象が、発展途上だった頃のCGへの批判や後年のCGに対する偏見に繋がったのかもしれない。
また音楽が楽曲、録音ともに良い。本作は石井歓が担当したからこそ、緊迫感や絶望を煽る音楽が異彩を放ち、素晴らしいのだと思う。Spotifyではあまり再生されてないようだが、今や手軽に聴ける。
地球を移動させるという大仕掛けで長らく話題に残った本作だが、人類が一丸となって妖星ゴラスに真っ向から挑む様子が何とも新鮮だ。『地球防衛軍』と同様の感想になるが、現実では諦めたり絶望したり、自暴自棄になる人々が大勢いてもおかしくない。近年の映画であれば、それを正当化する人間を登場させたりするところだろう。だがそれをしないところが本作の良心であり、大袈裟に書けば人類の調和と平和への願い、夢が詰まっているのだとつくづく思う。挿入歌といった、現代でもポピュラーな演出が姿を覗かせるが、誰が突出したヒーロー、ヒロインといった配役ではない。いつもの東宝オールスターの面々が作品に雑味を加えず、映画に調和している。こんな作りの映画がまだまだ観たい。
『海底軍艦』(1963)の感想
『妖星ゴラス』と比べると断然ヒロイックな映画という印象。特撮の見どころが多い。それでも当時の世相、戦記物の流行りや、平和に対するスタンスがチラチラ顔を出すところがこの頃の東宝特撮映画らしいか。怪奇的な導入で映画が始まるのもお馴染み。それでも子供心には割と怖かった記憶がある。いつもは人類の味方、のようなキャストが悪役に回っていたりと、そういう観点からも楽しめる。神宮寺大佐やムウ帝国皇帝の存在感は、海底軍艦・轟天号に華を添える。
轟天号は特撮の見せ場もさることながら、やはりデザインが良い。本作のような特撮やアニメの作品でつくづく重要だと思うが、空想だからこそ、いかにも現実にありそうなリアリティが不可欠なのである。突拍子もない、奇想天外な見た目だけでは何とも醒めてしまうし、惹かれない。個人的に現代のロボット物にあまり興味が湧かないのもこういう理由からだったりする。
最後に本作は音楽も聴き物だ。この頃の録音はモノラルでも(故か)迫力に不足しない。主題の曲など、作曲者曰く”頭にドリルがついている”からこういう音楽になるのか、と感嘆する。
楽曲は近年フル・オーケストラの演奏でも素晴らしい演奏を聴く機会があるが、劇中での高揚感と作曲者の苦心が一体になった「海底軍艦 試運転3」のオーケストレーションは何故かコンサートや新録音で登場しない。ささやかながら、今後蘇ることを期待したい。