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日本最古の「桜」の和歌

 
 

日本最古の「桜」の和歌

日本最古の桜の和歌は、
『日本書紀』の允恭天皇紀に、
(今から約1600年前の)允恭天皇8(419)年2月、
第19代 允恭天皇 (いんぎょうてんのう)
衣通郎姫 (そとおりひめ) の美しさを
桜の花の美しさと重ね合わせて詠んだと
あります。
 
天皇、井の畔の桜の華をみそなはして、
歌よみしてのたまはく
ぐはし 桜の愛で 同愛でば
早くは愛でず 我が愛づる子ら
 
なんと繊細で美しい桜なのだろう。
同じようにどうせ愛でるなら、
もっと早くから(桜のように美しい)
私の愛する姫を愛せばよかった。
そうしなかったのが惜しいよ、
愛しい姫よ。
 

衣通姫伝説

伝説の美女「衣通郎姫」
衣通郎姫 (そとおしのいらつめ) は、
『古事記』『日本書紀』に登場する女性で、
絶世の美女として知られ、
歌の才にも長けた女性でした。
 
名前の 「衣通(そとおり)」とは、
容姿が美しく、その美しさのあまり、
肌の色艷が着ている衣を通すほどである
ことから来ています。
 
平安時代には、光明皇后 (こうみょうこうごう)
藤原道綱母 (ふじわらのみちつなのはは) と共に
「本朝三美人」(ほんちょうさんびじん)
呼ばれました。
 
伝説に語られる衣通郎姫は、
数奇な運命に弄ばれる女性として
伝わります。
 
衣通郎姫については
二通りの話が伝わっています。
 
『日本書紀』では、
応神天皇の子・稚渟毛二岐皇子わかぬけのふたまたのみこの姫で、
允恭天皇の皇后・忍坂大中姫おしさかのおおなかつひめの妹の弟姫で、
允恭天皇に寵愛された妃として
描かれています。
 
一方『古事記』では、允恭天皇の皇女で、
母は皇后・忍坂大中津比売命とする、
軽大娘皇女 (かるのおおいらつめ) と同一人物と
しています。
 
『日本書紀』
允恭天皇7(418)年、新宮造営を祝う宴会で
舞を舞った衣通姫を見た天皇は、
衣通郎姫の住む近江坂田 (現・滋賀県米原市) の
住まいに使者・中臣烏賊津 (なかとみのいかつ)
遣わします。
 
実姉の皇后に配慮して入内を固辞しましたが、
入内するまで退かないと
烏賊津 (いかつ) が7日間も庭に平伏したため、
入内することとなりました。
ですが皇后の嫉妬を恐れた允恭天皇は
衣通郎姫を允恭天皇の宮とは別の宮
「藤原宮」(現在の奈良県橿原市付近) に
住まわせました。
そして帝が藤原宮を初めて訪れたのは、
皇后が後の雄略天皇を出産された夜でした。
出産後、このことを知った皇后は激怒し、
允恭天皇の目の前で産殿に火を放ち、
自らも身を投じようとしました。
天皇も家臣も必死で止め事なきを得ましたが、
允恭天皇は藤原の宮には通えなくなって
しまいました。
 
允恭天皇8年の春2月、允恭天皇は密かに
愛する衣通郎姫の様子を見に行きます。
その夕暮れ、
衣通郎姫は訪れの少ない帝を思い慕って、
一人縁に座ってぼんやり庭を眺めていました。
勿論、天皇が来ているとは知らず、
天皇を慕う歌を口ずさみます。
 
我が背子せこ
べきあしたの 待ち遠し
此の河隈かはくまの 蘆の初若葉はつわかば
 
私の愛する天皇がお見えになるのを
心待ちにしている。
この川の曲がりの
芦の若葉が芽吹く頃のように、
今か今かと待っているのです。
 
我が背子が来べき宵なり
ささがにの蜘蛛の振る舞いかねてしるしも
 
今晩は、きっとあの人が来てくれるに違いない。笹の根元で蜘蛛が巣を張っている、今夜はそれがはっきり見えるもの。
 
古代の人は蜘蛛のことを、
同じく8本足の蟹と同類と見たのか、
「ささ蟹」とも称していました。
 
衣通姫は愛する允恭天皇のお越しを、
夕方の蜘蛛の巣作りによって察知したのです。
これは蜘蛛の巣作りは待ち人が来る前兆とする
古代China由来の俗信から生じたものでした。
 
帝はこの歌を聞いて、
たまらなく愛しく思われて、
歌を返されました。
 
細紋形ささらがた 錦の紐を 解き放けて
数多は寝ずに 唯一夜のみ
あなたの着ている服を結んでいる
ささら模様の美しい紐を解いて、
あなたを抱きたい。
幾晩もとかいうのではない、
今夜だけのひと夜でいいのだよ。
 
その明日、天皇は庭の井泉のほとりに
咲き誇る桜の花をご覧になって詠まれたのが、
あの桜の歌だったのです。
 
天皇、井の畔の桜の華をみそなはして、
歌よみしてのたまはく
ぐはし 桜の愛で 同愛でば
早くは愛でず 我が愛づる子ら
 
なんと繊細で美しい桜なのだろう。
同じようにどうせ愛でるなら、
もっと早くから(桜のように美しい)
私の愛する姫を愛せばよかった。
そうしなかったのが惜しいよ、
愛しい姫よ。
 
 
この経緯をお聞きになって、
皇后はまたひどくご立腹されました。
また衣通郎姫も自ら「藤原宮」よりも
遠く離れた地に移りたい旨を申し出たことから
河内の「茅渟宮ちぬのみや」(現在の大阪府泉佐野市)に
お移しになりました。
 
衣通郎姫の住む「茅渟宮」の近くには
日野根 (ひのね) という狩場がありました。
允恭天皇は遊猟にかこつけて供を引き連れ
衣通郎姫の許に通い続けるようになりました。
 
そこで皇后は奏上して申し上げます。
「私は毛の先ほども、
 妹姫のことを嫉んではおりません。
 そうではなく、陛下が
 頻繁に日野根に行幸されることで、
 どれだけ出費が嵩むかご存じですか?
 それを下々の者達が支えているのですよ。
 下々の民が迷惑に思い、
 出費に苦しんでいるのではないかと
 怖れるのです。
 何とぞ、行幸の費用を節約いただきますよう
 お願い申し上げます」と。
以後、天皇の行幸は更に稀となりました。
 
次に行幸されたのは一年も経ってからです。
すると衣通郎姫は天皇に和歌を詠みます。
 
 とこしへに 君もあへやも
 いさな取り
 海の浜藻の 寄る時々を
私達の逢瀬が永遠に続くとは思えません。
あなたはゆらゆら揺れる浜辺の藻のようなもの。岸辺に寄られる
(=あなたが訪れてくださる)のは、
時たまの僥倖でしかないのですもの。
 
これを聞いて、天皇は衣通郎姫に
「この歌を皇后には聞かさないで下さい。
 聞けば、必ずまたヤキモチを焼くでしょう
 から」と、おっしゃいました。
世の人々はそれから、
「浜藻」(はまも) を「勿告藻」(なのりそも)
呼ぶようになったそうです。
 
『古事記』
『古事記』では、衣通郎姫 (そとおりひめ) は、
允恭天皇と皇后・忍坂大中姫おしさかのおおなかつひめの第五皇女の
軽大郎女 (かるのおおいらつめ) としています。
 
『古事記』では、軽大郎女は、
同母兄で、允恭天皇の皇太子であった
木梨軽皇子 (きなしのかるのみこ) と通じたため、
天下の人心は軽太子を離れて
同母弟の穴穂皇子 (あなほのみこ) になびき、
両皇子は一戦に及びますが、
軽太子は捕らえられて
伊予の湯(道後温泉)に流刑となり、
後を追った衣通郎姫と心中したとあります
(『衣通姫伝説』)。
 
兄妹相姦は人類史に普遍的な禁忌ですが
日本古代においても同様で、
以上の物語はその禁忌の説話化と
みなされているようです。
 
なお『日本書紀』では、
皇太子は配流出来ないということから、
配流されたのは軽大郎女だけだったようです。
ただ残った軽皇子は、
天皇の位を弟の穴穂皇子と争い、
敗れて自決したそうです。
 
そして穴穂皇子は天皇に即位して、
第20代 安康天皇となりました。
因みに、安康天皇は、
暗殺されたと明確に記された
最初の天皇です。
そして安康天皇の崩御後、即位したのは、
帝位継承の邪魔となる兄弟や従兄達を粛清した
第21代 雄略天皇でした。
 
玉津島姫(たまつしまひめ)
和歌山市和歌浦中にある「玉津島神社」は、
天照大神の妹神の稚日女尊 (わかひるめのみこと)
神功皇后こと
息長足姫尊 (おきながたらしひめのみこと)
玉津島姫 (たまつしまひめ)
明光浦霊 (あかのうらのみたま) の四柱をお祀りする
和歌三神の社として知られる神社です。
 
衣通郎姫は、玉津島姫 (たまつしまひめ)
同一視されて和歌の神とされて、
歌道上達や美の守護神として
崇敬されています。
 
第58代光孝天皇が病の時、
御夢枕に赤い袴を穿いた衣通郎姫が現われて、
「立ち返り またもこの世に跡垂れむ
 名も面白き和歌の浦波」
もう一度、私はこの世に神となって現れましょう。
和歌の浦というありがたい名の地に、寄せ返す
波のように。
と詠むと天皇の病は平癒したとそうです。
 
そこで天皇の勅命により、
「玉津島神社」に衣通郎姫尊が合祀され
ました。
これより玉津島の神は、
住吉大神(攝津)、柿本大神(明石)と共に、
「和歌三神」の一柱として、
朝廷はもとより広く一般、
文人墨客から崇められるようになりました。
 
・和歌三神(和歌を守護する三柱の神)
 玉津島明神、住吉明神、柿本人麻呂
 
・和歌三神の社
 玉津島神社、住吉大社、柿本神社
 
「玉津島神社」の境内には、
小野小町が着物の袖を引っかけたと言われる
「小野小町袖掛塀」があります。
また春には衣通の姫桜が咲き、
根上り松(鶴松)も見られます。

tamatsushimajinja.jp

 



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