富山県、岐阜県、群馬県などの
養蚕が盛んだった地域では、
蚕が食べる桑の葉の準備が始まる前の、
2月の暦の最初の「午」の日の「初午」に
上質で多くの繭が生産出来ますようにと
願いを込めて、
蚕の繭の形をした団子の
「初午団子」(はつうまだんご) を作って
養蚕の神様にお供えする風習が残っています。

明治維新後に外国との貿易が盛んになると、
繭から作られる絹が輸出の花形産業となり、
明治中期より、農家の貴重な収入源として
養蚕が盛んになりました。
明治後期になると養蚕農家が増え、
繭が豊作になることを祈念して
「初午団子」をお供えするようになったと
言われています。
なお「合掌造り集落」で知られる
岐阜県の白川村では、
「初午団子」を供えるだけではなく、
豊蚕を願う「蚕飼祭」(こがいまつり) があって、
住民が七福神と舞子に変装して踊る
伝統芸能の「春駒踊り」が演じられています。
「繭玉」に見立てた「初午団子」は、
中に小豆を一粒入れ、合計十六個作り、
ザルの中に「蔟」(まぶし) を入れ、
蚕が繭を作るように飾ります。
蔟(まぶし)とは、蚕が繭をかけやすい
ように、藁などで作った道具。
お供えした「初午団子」(はつうまだんご) は
現在、汁物や善哉(ぜんざい) に入れて食べたり、
あんこをまぶしたり、きな粉をつけたり、
焼いて醤油などで味付けして食べたりと、
楽しみ方は様々です。
また「初午団子」は、
近所の家に配る風習があり、
大勢に振舞うほど、
「まゆかき」が賑やかになって良いと
言われていました。

