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令和8(2026)年の「初甲子(はつきのえね)」の日は2月19日

「十干十二支」の最初に当たる
甲子(きのえね/こうし/かっし)は、
天からよい運気がやってくる大吉日とされ、
特に一年の最初の「初甲子」の日は、
大黒天の縁日が行われ、
多くの参拝客で賑わいます。

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大黒天祭
初甲子大祭

 
60日に一度巡る「甲子」の日の年頭に当たる
「初甲子」の日は、
福の神と言われている「大黒天」(だいこくてん)
御縁日に当たることから、
大黒天を祀る全国各地の神社やお寺では
「大黒天祭」「初甲子大祭」(はつかっしたいさい)
といったお祭が行われます。
令和8(2026)年は2月19日です。
 
「甲子」(きのえね) の日に大黒様へ参拝し、
新しい財布を使い始めると特にご利益があるとされることから、多くの参拝者で賑わいます。
 

大黒天を祀っている寺社

「大黒天」を祀る神社やお寺は
全国各地に存在しています。
 

大黒天にゆかりのあるお寺

浅草寺(東京都台東区)/聖観音宗
 
浅草寺」は浅草名所七福神のひとつとして、
影向堂 (ようごうどう) 内の外陣に
出世大黒天」を祀っています。
 
五穀豊穣や商売繁盛の御利益があるとされ、
古くから庶民の信仰の場として
多くの人に親しまれています。

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四天王寺(大阪府大阪市)
四天王寺」は聖徳太子が建立したとされる
和宗の総本山です。
子孫繁栄や商売繁盛、開運出世など
多くの御利益があると言われています。
 
 
境内には「三面大黒天」が祀られており、
戦国武将の豊臣秀吉が三面大黒天を信仰し、
その加護により天下統一を成し遂げたという
言い伝えが有名です。
 
 
初甲子の日に行なわれる「甲子会」では、
加持された「黒豆七粒」が授与され、
特に多くの参拝者で賑わいます。
 
三面六臂大黒天(さんめんろっぴだいこくてん)
福の神「大黒天」は、
同じく七福神中、インドにルーツを持つ
武運・勝運の神「毘沙門天」や、
財運や諸芸上達の神「弁財天」と習合し、「三面六臂大黒天」(さんめんろっぴだいこくてん)
として信仰されることもあります。
この三面六臂の大黒天像には
顔が三つ、腕が六本あり、
それぞれ異なる権能を象徴しており、
財運招福や立身出世のご利益を授かることが出来ると信仰されてきました。

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大国様(大国主)に
ゆかりのある神社

神田明神(東京都千代田区)
 
江戸東京の表鬼門・艮 (うしとら、北東) を守る
江戸総鎮守である「神田明神」の御祭神は、
荒ぶる神・平将門命(たいらのまさかどのみこと)
大己貴命 (=大国主、大黒様)と
少彦名命 (恵比寿様) です。
境内には、高さ6.6m、重量約30tに及ぶ、
日本最大級の石造りの「だいこく様」が
祀られています。
初甲子の日には「甲子大黒祭」が行われます。

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出雲大社(島根県出雲市)
 
「大黒様(大国主大神)」を御祭神とする
出雲大社」では、「初甲子」の日には
御本殿にて「甲子祭」が執り行われ、
特に農業・福徳・商売繁盛を祈願します。

izumooyashiro.or.jp

 

大黒天

 
七福神の一柱「大黒天」は
「大黒様」とも呼ばれ、
穏やかな微笑みと打ち出の小槌を持つ姿で
広く親しまれている神様です。
「五穀豊穣」や「商売繁盛」の
御利益があると知られており、
恵比寿とともに祀られることが多い神様です。
 
起源
 
「大黒天」のルーツは日本ではなく、
インドのヒンドゥー教における中心的な神、
破壊と豊穣を司る「シヴァ神」にあります。
 
その「シヴァ神」が破壊神となった時の異名が
サンスクリット語で
「Mahākāla(マハーカーラ)」です。
 
 
マハーカーラの特徴は、
3つの顔に6本の腕を持ち、
体は青黒色か黒色で表されることが多いです。
右手の第一手に剣を持ち、
左手の第一手は切先に添えています。
右手第二手で人間を、左手第二手で羊を掴み、
左右の第三手で象の皮を掲げています。
 
「mahā=大きい」と「kāla=黒い」を訳して
「大黒天」と名付けられて、
Chinaそして日本へ伝わりました。
また、サンスクリット語の響きから
「摩訶迦羅」(まかから) と呼ばれることも
あります。
 
「大黒天」が伝来した当初は、
軍神としての側面が強調されており、
身体が黒く憤怒の表情を持つ姿で
信仰されていました。
 
 
大国主命と習合
 
日本へ伝来後、「大黒」と「大国」と
読みが同じ「だいこく」であったため、
「大国主命」と習合したことで、
同じものと解されるようになり、
豊穣の側面が重視されるようになりました。
 
現在も、商売繁盛、家内安全、財運といった
様々な福をもたらす福の神として
広く信仰されています。
 
 
それに併せて、「大黒天」は
破壊神としての力強い姿から変化して、
打ち出の小槌や福袋を手に
穏やかな表情の姿で描かれるように
なりました。
 
 
また「大国主命」が
鼠に助けられたという故事から
「甲子」を縁とするようになり、
「甲子の日」を「大黒天様の御縁日」とするに
至りました。
 
米俵の上に乗りねずみを従える様子は、
繁栄や豊穣を象徴するものとされています。

大黒様と二股大根

 
この日、二股大根、小豆飯、黒豆などを供えて
大黒天をお祭りする所もあるそうです。
 
 
豆と大根は畑作物の代表であり、
それらを供えることは大黒天を農神として
信仰していることを示しています。
 


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まんが日本昔ばなし データベース
大黒様と股大根
(だいこくさまとまただいこん)
 
あらすじ
昔々ある所に、大黒様という神様がいました。
毎年、子の月 (12月) は大根の収穫シーズンで、
村人達は12月9日に「耳あけの日」として、
大黒様に豊作祈願をしていました。
 
大黒様が村人達と楽しく触れ合っている様子を
北の山から悪い神様達が見ていました。
この悪い神様達は大黒様の人気に嫉妬し、
二人で相談して
大黒様を殺す計画をたてました。
その計画とは
「大黒様の大好物のお餅を大量に食べさせて
 腹を弾けさせよう」というものでした。
悪い神様達は、自分達の屋敷に
大黒様を呼びつけ、
大量の餅を一人で食べるように強要しました。
 
しかし大黒様は、
そんな悪い企みの事など気づきもせず、
沢山の餅を一人で平らげ、
大満足で帰路につきました。
 
ところが帰っている途中、
流石の大黒様のお腹も餅でパンパンに膨らんで
歩けなくなってしまいました。
 
そこへ、大根を沢山持った娘 (女中) が
通り掛かったことから、
大黒様は「大根を食べれば治るから、
少し分けて欲しい」とお願いしました。
ですが娘は、いくら大黒様でも
雇い主の大根を勝手にあげる訳にいかないので
ほとほと困ってしまいました。
 
ところが運よく、二股に分かれている
「股ワレ大根」を見つけた娘は、
一つの股をポキンともぎって
大黒様に渡しました。
これなら大根の数は減らないので、
娘が雇い主から怒られることもありません。
 
大黒様も安心してもぎった大根を食べて、
腹痛も治まりました。
こんな事があってから、
毎年の「耳あけの日」には、
大黒様に「股大根」をお供えするようになった
そうです。
 



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