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令和8年の「歌会始」(うたかいはじめ)は1月14日。お題 は「明」。


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現在も宮中で続けられている
皇室恒例の新年に初めて行われる歌会の儀式
「歌会始の儀」が
令和8(2026)年1月14日に開催されます。
今年の歌会始のお題 は「明」です。
お題については、歌会始の儀をお催しになる天皇陛下がお定めになります。
 
 
 
「歌会始」(うたかいはじめ)は、
毎年正月の1月10日前後に、
皇居正殿松の間で、
天皇・皇后両陛下や皇族方が御列席されます。
今年令和8(2026)年は、
秋篠宮家の悠仁親王殿下が、
初めて出席されることが発表されています。

悠仁親王殿下は、
1月1日の「新年祝賀の儀」や
1月2日の「新年一般参賀」、
1月9日の「講書始の儀」に出席されていて、
令和8(2026)年は、成年皇族としての活動が
本格化する1年となりそうです。
 
 
「歌会始」(うたかいはじめ) では、
まず一般から詠進 (えいしん) して
選に預かった10首が
詠んだ人の名前紹介から、
作品の紹介まで行われます。
 
一般の入選作に続いて、歌を選んだ選者、
召人 (めしうど) 、皇族方のお歌、
皇后陛下の御歌(みうた) と続き、
最後に天皇陛下の御製 (ぎょせい)
披講されます。
「披講」(ひこう)
新しく作られた和歌を読み上げた後、
独特の節回しで歌うことを
「披講」(ひこう) と言います。
司会にあたる「読師」(どくじ) の他、
最初は節をつけずに全ての句を一気に読む「講師」(こうじ)、続いて、
第一句を節をつけて読む「発声」(はっせい)、そして続く第二句以降を節をつけて読む
「講頌」(こうしょう) の4人、
この合わせて7人によって「披講」されます。
 
 
人々が集まって共通の題で歌を詠み、
その歌を披講する会「歌会」は、
既に奈良時代 (710-794)に行われていたことが、
『万葉集』によって知ることが出来ます。
 
特に天皇が催しになる「歌会」は
「歌御会」(うたごかい) と言い、
その中でも特に正月に行われる歌御会は、
「歌御会始」(うたごかいはじめ) とか、
「御会始」(ごかいはじめ)
「和歌御会始」(わかごかいはじめ) などと言い、
その起源は鎌倉時代中期まで遡るのではないか
と考えられています。
 
 
江戸時代、「歌御会始」はほぼ毎年催され、
明治以降も、明治2(1869)年1月に
明治天皇が即位後最初の会を開催して以降、
改革を加えられながら
今日まで連綿と続けられています。
 
明治7(1874)年には、
一般国民の詠進 (えいしん) が認められ、
国民も参加出来るようになりました。
明治12(1874)年には、一般の詠進歌のうち、
特に優れたものを「選歌」とし、
歌御会始で披講されることとなりました。

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明治15(1882)年からは、
天皇がお詠みになった和歌「御製」を始め、
選歌までが新聞に発表されるようになり、
明治17(1884)年からは
官報に掲載するようになりました。
そして大正15(1926)年からは
「歌会始」と呼ぶことになりました。
 
 
更に戦後になると、
広く一般の *詠進 (えいしん) を求めるため、
お題は平易なものとされた他、
預選者の「歌会始の儀」の式場参入が認められ
天皇皇后両陛下の拝謁や選者との懇談の機会が
設けられるようになりました。
 *詠進 (えいしん) :歌会に応募すること
 
 
TV中継放送の導入により、
更に多数の人々が「歌会始」に親しむことが
出来るようになると、
歌会始への国民参加はますます促進され、
世界に類のない国民参加の文化行事となり、
昭和の末期には3万首を超えていたそうです。
 
昨年令和7(2025)年には、
1万6250首の短歌が寄せられたそうです。
最年少は宮崎県の16歳の女子高校生で、
最年長は長野県に住む
77歳の元エンジニアの男性で、
海外からも88首寄せられました。
 
なお今年令和8(2026)年は、
1万4600首の短歌が寄せられたそうです。
 



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