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曲水の宴(きょくすいのえん)

 

「曲水の宴」(きょくすいのえん) は、
曲がりくねった小川に杯を流し、
自分の前に流れ着く前に詩歌を詠むという
歌会のことですが、
本来は3月3日「上巳の節供」に行われた
お祓いの儀式でした。
 
 

曲水の宴
(きょくすいのえん)とは

 
「曲水」とは、山麓、樹林、庭園を
曲がりくねって流れる小川のことです。
 
「曲水の宴」(きょくすいのえん)は、
庭園の「曲水」に沿って参会者が着座し、
上流から流される杯が自分の前を通り過る前に
詩歌を詠じ、杯を手に取って酒を飲み、
杯を次へ流すという遊びです。
 
「きょくすいのえん」の他にも、
「ごくすいのえん」とか
「めぐりみずのとよのあかり」とも言います。「豊の明り」(とよのあかり)とは、
儀式後の宴、宴会のことです。
 

曲水の宴の起源
「流觴曲水」
(りゅうしょうきょくすい)

古代Chinaでは、
3月の初めの「上巳の日」の頃は、
季節の変わり目であることから、
災いをもたらす邪気が入りやすいと考え
水辺で禊 (みそぎ) をして穢れ祓い、
水に流す習俗がありました。
 
巳(🐍)は脱皮することから、
「再生する命」「強い生命力」の
象徴とされています。
 
それが後に「流觴曲水」(りゅうしょうきょくすい)の宴
という優雅な遊びへと変わりました。
 
晋の王羲之 (おうぎし) が、永和9(353)年3月3日、
風光明媚な会稽山 (かいけいざん)
蘭亭 (らんてい) に東晋の名士41人を招き
この「流觴曲水=盃を曲水に流す」の遊びに
興じたことが、その時書かれた
王羲之の『蘭亭序』(らんていじょ) という詩
「三月三日曲水詩序」ともに後世有名となり、
年中行事として定着したようです。
 
 
8世紀、李白の『春夜宴桃李園序』には、
「瓊筵を開きて以て花に坐し、
 羽觴を飛ばして月に酔ふ。
 佳作有らずんば、何ぞ雅懐を伸べん。
 如し詩成らずんば、罰は金谷の酒数に依らん」
とあり、詩が出来なければ、罰として酒三杯を
飲まなければならないことが記されていて、
現在よく知られているルールが生まれていた
ことが分かります。
 

 

宮廷行事となった「曲水の宴」

古代Chinaから入った「曲水の宴」は、
日本でも奈良・平安時代には
盛んに行われたようです。
 
日本では、顕宗天皇元(485)年に
宮廷の儀式として行われたことが
『日本書紀』の記述にありますが、
確実な史料の初見は8世紀の聖武天皇の頃です。
 
『万葉集』の中に、大伴家持邸で
曲水の宴が行われた際に詠まれた和歌があり、
奈良時代には宮廷行事として確立していたと
考えられています。
漢人 (からひと) も筏浮かべて遊ぶてふ
今日そ我が背子花縵(はなかづら)せな
唐の国の人も筏を浮かべて遊ぶという今日こそ、さあ皆さん、花縵を飾って楽しく遊ぼうではありませんか。
 
平安時代には、天皇が清涼殿にお出ましになる
盛大な宴となっていたようです。
宮廷行事としては、平城天皇の大同3(808)年に
一時停止されましたが、
村上天皇の康保3(966)年に復活。
その後は3月3日の行事として常例となり、
貴族の邸宅でも開かれるようになりました。
そして「曲水の宴」が終わった後も
別殿で宴が開いて、
文人達がそれぞれに詩歌を披講したそうです。
 
そのため宮廷や貴族達は
「曲水の宴」のために、
邸宅の庭の池の畔に曲溝が掘っていたそうです。
 
摂関時代には
内裏の公式行事としてだけでなく、
貴族の私邸でも盛んに行われ、
寛弘4(1007)年の雨の日に藤原道長の邸で
行われた「曲水の宴」が有名です。
殿上の廊に水辺の座を移し、
道長によれば、「移唐家儀、衆感懐」、
唐風の演出に全員感動したとあります。
 
戦国時代には行なわれなくなりました。
 

現在行われている
「曲水の宴」

城南宮
「曲水の宴」
京都府京都市伏見区の城南宮では、
毎年4月29日と11月3日に
江戸時代に描かれた京都御所の杉戸絵を元に
再現した「曲水の宴」が行われます(雨天中止)。
 
平安装束を身に纏った7人の男女が、
「楽水苑」の遣水 (やりみず) と呼ばれる
小川の畔に座り、
川を流れ来る盃を運ぶ鳥形の船
「羽觴」 (うしょう)
目の前に着くまでに歌を詠み終えます。

www.jonangu.com

 
上賀茂神社
「賀茂曲水宴」
京都最古の神社のひとつ上賀茂神社、正式には
賀茂別雷神社 (かもわけいかづちじんじゃ) では、
毎年4月の第2日曜日に
「賀茂曲水宴」(かもきょくすいのえん)
行われています。
令和7(2025)年は4月13日(日)です。
 
「賀茂曲水宴」(かもきょくすいのえん) は、
上賀茂神社境内を流れる「ならの小川」からの分水にある庭園「渉渓園」で行われます。
 
当日は、前年の葵祭の斎王代が歌題を披露し、
一流の歌人らが即興で和歌を詠み、
短冊にしたためます。
平安時代さながらの衣装で、
詩歌の吟詠、管弦の演奏も行われ、
平安の「雅」が再現されます。
参観は有料。

www.kamigamojinja.jp

 
太宰府天満宮
「曲水の宴」
福岡県太宰府市の太宰府天満宮で は
毎年3月第1日曜日に、
天徳2(958)年に太宰大弐の小野好古によって
始められたと伝えられる「曲水の宴」が
行われています。

www.dazaifutenmangu.or.jp

 
岩手県平泉町
「毛越寺曲水の宴」
岩手県平泉町の毛越寺では、
毎年5月第4日曜日に「毛越寺曲水の宴」が
解されています。
今年、令和8(2026)年の毛越寺「曲水の宴」は、
記念すべき40周年を迎えます。
 



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