秋から冬にかけての枯れ葉色の森で、鮮やかな赤に出会うことがあります。トウモロコシの粒が密集したような真っ赤な実は、サトイモ科テンナンショウ属の「マムシグサ(Arisaema serratum)」 の果実です*1。
下の写真は、石鎚神社(福岡県宗像市多禮)へつづく参道脇でみつけたものです。

グロテスクではあるけれども、美しい見た目に惹かれます。しかし、人間や多くの動物にとっては「劇薬」とも言える猛毒の塊です。いっぽうで、鳥にとっては、冬を越すための貴重な「ご馳走」となります。
このマムシグサ…とても巧妙な生存戦略をシステム化しています。以下にその詳細を記述してゆきます。

マムシグサの実や球根(芋)には、シュウ酸カルシウムの針状結晶(ラフィド) という物質が大量に含まれています*2。この結晶は、両端が鋭く尖った微細な針のような形をしており、植物の細胞内にある「放出細胞(ejector cells)」という特殊なカプセルの中に束ねられています*3。動物が実を噛んだりして圧力をかけると、この細胞内の粘液が、すぐに膨張し、針状結晶を勢いよく発射します。これを「微細な吹き矢(microscopic blowgun)」と呼びます。もし人間や哺乳類が誤ってこれを噛むと、無数の針が口の粘膜に突き刺さり、結晶に含まれるタンパク質分解酵素などの毒素が注入されます。その結果、口中から喉にかけて激痛が走り、唾を飲み込むこともできないほどの炎症を引き起こします。この強烈な痛みは、「種子を噛み砕いてしまう敵(種子捕食者)」である哺乳類を遠ざけるための、防御システムです。
マムシグサは、哺乳類には「毒」ですが、ヒヨドリやツグミなどの鳥類には「ご馳走」になります。なぜ鳥類の口の中は痛くならないのでしょうか? 噛まずに、実を丸呑みするためです。鳥には歯がなく、実を噛み砕かずに丸ごと飲み込みます(Gulping)。実が破壊されないため、針を発射するスイッチが入らず、口の中を無傷で通過させることができます。また、鳥のクチバシは硬いケラチン質でできているため、針の攻撃を受け付けにくいという特徴もあります。

マムシグサの果肉は、乾燥重量比で脂肪分が約16.8%、タンパク質が約14.6%と、とても栄養価が高く、さらに糖分(グルコース)も豊富です。餌の少ない冬場では、体温を維持しなければならない鳥たちにとって、これは最高級のエネルギー源となります。鳥が実を食べることには、マムシグサ側にも大きなメリットがあります。「種子が散布される」というメリットです。果肉には、種子の発芽を抑制する成分が含まれています。鳥が実を丸呑みし、消化管を通る過程で、栄養価の高い果肉だけが消化され、種子はきれいに「洗濯」された状態でフンとして排出されます。この過程を経た種子は、そのまま落ちた種子に比べて発芽率が劇的に向上(90%以上になることも)することが分かっています。
鳥は飛翔能力が高く、種子を親株から離れた場所へ運びます。研究によると、鳥による種子散布は平均して13メートル程度ですが、適切な場所(木陰など)に種を落とす「指向性散布」を行う傾向があり、植物の生存戦略として非常に効率的です。

一方で、タヌキなどの哺乳類も果実を食べることがありますが、哺乳類は種子を噛み砕いてしまうリスクが高く、また一度に大量に食べて一箇所にまとめて排泄するため、種子同士の競争が激しくなり、植物にとってはあまりありがたくありません。マムシグサは、毒針によって哺乳類を排除し、栄養価の高い果肉で鳥を誘引することで、最も効率的な「運搬者」を選別しているということがわかります。
マムシグサの不思議は、実だけではありません。彼らは成長過程で「性転換」を行います*4。 球根(芋)が小さい若い個体は「雄(オス)」として花粉を作りますが、栄養を蓄えて球根が大きくなると「雌(メス)」へと性転換し、種子を作るようになります。逆に、実をつけて体力を消耗し、球根が小さくなると、翌年はまたオスに戻ることもあります。
さらに、その受粉方法は「死の罠」と呼ばれるほど残酷です。 マムシグサの花(仏炎苞)は独特な筒状をしており、キノコバエなどの小さな昆虫を匂いで誘い込みます*5。
• オスの花: 筒の下部に出口(隙間)があり、花粉をつけた虫は外に出ることができます。
• メスの花: 出口がありません。花粉を運んできた虫は、受粉を済ませた後も外に出られず、筒の中で力尽きて死んでしまいます。
虫の命と引き換えに種子を残す。この冷徹なシステムによって、あの赤い実が実るのです*6。
これほど危険な植物ですが、歴史的には飢饉の際の「非常食」として利用された記録があるそうです(でも絶対たべないほうがいいと思います)*7。球根にはデンプンが豊富に含まれていますが、そのままでは食べられません。アイヌの伝承などでは、長時間加熱処理をして毒矢の材料になる部分を取り除いたり、徹底的な水晒しを行ったりして、命がけで毒抜きをしていたようです*8。
森で見かけるマムシグサの赤い実は、ただ美しいだけでなく、生物学的な駆け引きを、巧妙にシステム化しており、感動をおぼえます。
• 哺乳類に対しては、口内を刺す「毒針」で拒絶する。
• 鳥類に対しては、冬の貴重な栄養源となる「ご馳走」として提供し、種子を運んでもらう。
• 昆虫に対しては、匂いで誘い込み、命を犠牲にして受粉を成立させる。

よく目立つ、この赤色は相関ループ図でいえば、主に、この赤く示した箇所↑にあたるのですね。
*1:マムシグサを毒抜きしてスイートマムシグサを作った話 | 東京でとって食べる生活
*2:Arisaema serratum - Wikipedia
*3:化学的防御の構造について。シュウ酸カルシウムの針状結晶マムシグサ(Arisaema serratum)の主要な防御機構は、ラフィド(針状結晶)と呼ばれるシュウ酸カルシウム一水和物(CaC2O4・H2O)の結晶を含む、特殊な異形細胞の存在にあります。これらの結晶は単なるカルシウム代謝の廃棄物ではなく、葉、茎、球茎、そして果実の果皮を含む植物体の全部位に配置された、生物学的に設計された武器です。針状結晶は、その極端な鋭利さと特殊な形態によって特徴づけられます。個々の結晶は微細な針状であり、長さは250マイクロメートル(0.25mm)を超えることがよくあります。典型的には両端が鋭く尖っており、側面には縦方向の溝や逆棘(バーブ)を備えています。これらの溝は共存する毒素を注入するための経路として機能し、機械的な損傷と化学的な刺激の相乗効果をもたらす「注射針効果(needle effect)」を引き起こします。
*4:毒をもち、性転換し、昆虫をあざむく! 「マムシグサ」の仲間のすごいヒミツ|記事カテゴリ|BuNa - Bun-ichi Nature Web Magazine |文一総合出版
*5:D'hondt, B., & Hoffmann, M. (2007). A Review on the Role of Endozoochory in Seed Germination. In A. J. Dennis, R. J. Schupp, R. J. Green, & D. A. Westcott (Eds.), Seed Dispersal: Theory and its Application in a Changing World (pp. 78-102). CABI.
*6:昆虫をあざむく!受粉のしくみ ~犠牲になる昆虫の命~
仏炎苞の中にある昆虫をあざむく仕掛けは、どこか残酷にも感じられるかもしれません。 テンナンショウ属植物の花粉の運び手(ポリネーター)として活躍するのは、主にキノコバエの仲間とされます。仏炎苞のフタのような部分を手で持ち上げると、付属体と仏炎苞の間にすき間が見えます。そのすき間こそが、キノコバエが迷い込む入口です。
キノコバエの仲間はそこから仏炎苞の内部へと入り、下へ下へと移動します。雄株に入り込んだ場合には、そこに雄花が咲いています。雄花をつけた花序と仏炎苞のすき間は狭く、キノコバエは限られたスペースを飛んだり、花の上を歩き回ったりして、出口を求めて動き回ります。この時、雄花の上を移動するので、キノコバエの体は花粉まみれになります。では、出口はどこにあるのでしょうか?出口は仏炎苞の下部にあります。軸の下部は花序になっていて花が咲いていますが、上部では軸が太くなり付属体になっています。この付属体と花序の間は、キノコバエにとって足場がなく、しかも仏炎苞の内側はツルツルしているため、キノコバエは仏炎苞の上部へと移動することができません。つまり入口部分からは脱出できない仕掛けになっているのです。出口は仏炎苞の合わせ目の部分にできた小さな穴です。毒をもち、性転換し、昆虫をあざむく! 「マムシグサ」の仲間のすごいヒミツ|記事カテゴリ|BuNa - Bun-ichi Nature Web Magazine |文一総合出版