古典は、時代を超えて、人間という「システム」の仕様と、バグを解き明かした、一種の解説書だと捉えます。中国・明の時代末期、洪自誠によって記された『菜根譚(さいこんたん)』は、処世訓の傑作として知られています。しかし、これを単なる道徳書として捉えるのではなく、読書を通じて、この書物を「現代社会という複雑なシステムを生き抜くための戦略書」として読み解いてみます。
『菜根譚』洪自誠 (著), 今井 宇三郎 (翻訳)

「濃い味より淡い味」「完璧よりも欠落」「順境よりも逆境」という言葉が本書のなかでは書かれています。逆説的なこれらの教えの背景には、個人の生存と繁栄を持続可能にするための、合理的なシステム思考が組み込まれていると考えます。
「菜根」の味。つまり真実が「淡泊」である理由はなんなのでしょうか?書名の由来となった「菜根」とは、堅くて筋の多い野菜の根を指します。「人はよく菜根を咬みえば、すなわち百事なすべし(堅い根を噛みしめることができれば、あらゆる物事を成し遂げられる)」という言葉に基づいています。現代の社会は刺激に満ちており、常に「濃い味(肥濃、甘辛)」を求める傾向にあります。しかし、『菜根譚』は冒頭で「真味(本当の味)とは、ただ淡(淡泊)なものである」と定義しています。この点について、生物学的、かつ、システム的な視点から以下のような考えを導きました。
濃い味は過剰摂取を招き、栄養の偏りを生みます。一方で淡泊な味は、過剰にならずに継続して摂取でき、生命の基礎を作る栄養素を含んでいることが多い。これを人生に抽象化すれば、質素な境遇にこそ人生の真実や永続的な安らぎがあるととらえます。ビジネスやキャリアにおいても同様で、派手な成功や称賛(濃い味)は、ドーパミンを過剰に分泌させ、感覚を麻痺させるリスクがあります。一方で、日々の地味なルーチンや平穏な日常(淡い味)こそが、精神システムの「基礎代謝」を支えているととらえます。
「淡泊」であることは、停滞を意味しません。『菜根譚』では、動と静のバランスが重視されています。理想とされるのは、「定雲止水(動かぬ雲、流れない水)」のような静けさの中に、「鳶飛び魚躍る(トンビが飛び、魚が跳ねる)」ような生命力が共存している状態です。この状態は、エネルギーの「保存」と「放出」の制御技術として理解できます。自身を客観視し、静かに行動のフィードバックを行ないます。自分に特異な能力があったとしても、 普段は有能さを誇示せず、エネルギーの浪費(漏電)を防ぎます。必要なときにのみ、蓄積した全エネルギーを注ぎ込む。
現代社会では常に有能さをアピールすることが求められがちですが、それはシステム論的には非効率なエネルギー消費だと考えます。静寂とは停止ではなく、「次の爆発的行動のためのアイドリング状態」であると定義できます。成果を出すプロセスにおいて、『菜根譚』は「完璧を目指さないこと」を推奨しています。「事をなすには、あえて完遂を求めず」「勢いは使い尽くしてはならない」という教えです。これは、システム工学における「バッファー(緩衝地帯)」の概念で説明できるのではないかと思います。遊びのないシステムは脆弱であり、100%の稼働率は予期せぬ負荷がかかった瞬間に崩壊を招きます。「余白」を作ることは、以下のリスク管理に直結します。
・完璧でなかった場合に自他を責めるストレスを軽減する。
・手柄を独占せず欠けを残すことで、周囲の嫉妬や反発という「摩擦熱」を逃がす。
「余白」を持つことは、不測の事態や自分自身の弱さを受け入れるためのスペースを確保する、高度な戦略的判断だと考えます。「余白」の思想は、対人関係における「悪」や「敵」への対処にも適用されます。『菜根譚』は、悪人を排除する際にも「一條の去路(逃げ道)」を残す必要性を説いています。逃げ道を完全に塞げば、相手は暴発し、結果として自分自身もダメージを受けることになるからであるという理屈です。
ここでは、個人の問題を構造的な欠陥(バグ)として処理する視点が大事であると考えます。社会システムの中で発生している、いわゆる「悪」を、特定の個人の資質として攻撃しないこと。相手に逃げ道を用意することで、システム全体の破綻を防ぐ。自分がいつ「悪」の側に転じるか不明であることを認識し、過度な糾弾を避ける。「逃げ道」は相手への情けではなく、自分自身とシステム全体を守るための安全弁(フェイルセーフ)として機能します。
多くの人は成功(順境)を望みますが、『菜根譚』では「順境の中にこそ危険がある」と警告しています。成功している状態のリスクは、認知の歪み(生存者バイアス)です。「自分の能力だけで成功した」という錯覚が傲慢さを生み、周囲とのつながりを断絶させます。うまくいっている時こそ、自分の立ち位置をシステム全体の中で客観的に捉え直す必要があると考えます。周囲のシステムとのつながりによって生かされていることを認識する。「私」という存在は独立した個体ではなく、巨大なネットワーク(システム)の一つのノード*1に過ぎません。隣のノードを傷つければ、そのダメージはいずれ自分にフィードバックされます。成功を事実として正確に認識するためには、「周囲との相互作用の結果」という視点が不可欠だと考えます。
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『菜根譚』から導き出されるのは、持続可能性(サステナビリティ)の思想です。
・淡白であること
燃費を向上させ、長期的な稼働を実現する。
・動静の統合
エネルギーを効率的に運用する。
・余白の確保
システムダウンを未然に防ぐ。
・去路の設置
致命的な対立を回避する。
・つながりの自覚
フィードバック・ループによる自滅を防ぐ。
『菜根譚』は、複雑系としての社会のなかで生きる人にとって、とても合理的な指針を与えてくれます。状況に一喜一憂するのではなく、人生というシステムを淡々と、かつ柔軟に運用していくための知恵が、この「菜根」の味には含まれています。
*1:ネットワーク、システム、データ構造において、情報を送受信・処理、または保持する「点(接続点・節)」や「構成要素」のこと。