ちょっとパリでも行ってみるかと思ったのは、2024年の12月31日の 18:00頃だった。
流石に寒そうなので服を着込んで最寄りの駅に向った。大晦日はパリ周辺の電車は無料開放されており、改札ゲートが開いている。
プラットフォームに降りるとすぐにパリ行きの電車が来た。乗客はまばらである。
そこから15分ほど電車で揺られ、セーヌ川の南に位置するLuxembourg駅で降りることにした。
駅を出ると人通りはほとんどなく閑散としていた。そこからパンテオン宮殿まで歩いてみたが、やはり人はいない。普段はパンテオン前の溜まり場で話している若者たちの姿もない。別世界のパリに来てしまったかのようだ。
そこでパンテオンの裏側に回ってみた。パンテオンの裏側には飲食店が並ぶ小さな通りがある。何軒かのレストランやバーは営業しているらしく、観光客と思しき人々が歩いている。他にも人がいるとわかり、なんだか安心させられた。
ひと通り開いている店を眺めたあと、新年を祝う人でごった返しているであろうシャンゼリゼ通りに向かうことにした。しかし、その前に一杯やりたい気分だ。独りで寒空のパリを歩くにはどう考えてもアルコールが必要である。
ところで、ヨーロッパでその国の言語を喋れないアジア人が独りで一杯やりたくなったとき、どこに行けばよいか知っているだろうか。
ヨーロッパはファミリー文化であり、そのあたりのレストランに独りで入るのはどうしたって気が引ける。一方で下手なバーに入れば、何を言ってるかわからずに迷惑がられる。
正解は「ロック・パンク・メタルなビアバー」に行くのだ。店主がヒゲを生やして、スキンヘッドならなお良い。これは僕の偏見である。
なぜか?
まず彼らは英語を喋ってくれる。ヨーロッパのロック好きで英語を喋らないやつはいない。彼らの好きなバンドはUK, USに多いからであり、英語に苦手意識がない。(もちろんパリの飲食店のほとんどは英語が通じる)
彼らは外国人にも優しい。彼らが嫌いなのは金持ちと権力者であり、孤独なアジア人ではない。(もちろんほとんどの飲食店は僕にやさしい)
そしてビアバーでは難しい注文をしなくて良い。IPAをくれといえば良いだけだ。僕レベルの英語力でもなんとかなる。僕は何度かヨーロッパを独りで旅行したことがあるが、はずれたことはない。ぜひやってみてほしい。
この経験知により、僕は最寄りのビアバーを探してものすごくぴったりな場所を見つけた。La Taverne des Korrigans とかいてある。正直なんのことだかわからない。
店の前にいくと、テラスで老人たち3, 4人がビールを飲み交わしている。奇妙に思われるかもしれないが、フランスではどんなに寒くても必ずテラスでエスプレッソやビールを飲んでる人がいる。
ビアバーに老人たちがたむろしている姿を見て、間違えたかと思ったが、店の中を覗けばタップが複数個存在しておりビアバーであることがわかる。
意を決して老人たちの脇を通り、中に入った。驚くことにドクロの装飾とメタルロックがかかる中、老人と老人がなんだか世間話をしているではないか。ここは本当にビアバーなのか?
しかし、入ってしまったからには出るわけにもいかない。僕はとりあえずカウンターの隅に座った。カウンターの中には誰もいない。一体だれが店主なんだ...?
そんなふうにしてぼーっとカウンターに座ること数分、立派なヒゲを生やしたあんちゃんが注文を取りに来た。
「Bonjour」
といわれ「ボンジュール」と返す。フランスでは相手が外国人だろうと犬だろうとボンジュールと挨拶をする。「ボンジュール」と言い返すか、椅子を蹴って店を出るかだ。
当然、その後にフランス語は出てこないので、適当な英語で注文をした。するとテイスティンググラスでビールを持ってきてくれて、なんだか説明を受けて、とりあえずそれを飲む。うまい。
これでアルコールにありつけたわけだ。
しかしなぜ、大晦日の夜に老人がメタルなビアバーに集まるのか。店内を見渡すとほとんどが50~70代くらいの人々だ。僕はしばらく店内にかかるメタルバンドの曲を聞きながら考えていた。
ふと思ったのは、そもそも若者はメタルバンドなんて聴かないんじゃないか、ってことだ。そこで隣のおじさんに今フランスで人気の音楽を聞いてみた。
「Rap」
と答えが返ってきた。
なるほど確かに日本でもラップは若者に人気である。当然フランスではより盛んであろう。70~80年代に若者の音楽だったパンクやメタルは、今や老人の音楽になったのかもしれない。
そんなことを考えながら、僕は店を出てまたシャンゼリゼ通りへと歩いていった。