以下の内容はhttps://www.jigowatt121.com/entry/2026/03/04/185604より取得しました。


インターネットにおける感想・批評のすゝめ 2026

FOLLOW ME 

20年。インターネットで感想や批評を書いてきた。

 

時代は移り変わるもので、求められる立ち居振る舞いやニュアンスも常に変化していく。映画、ドラマ、漫画、小説、動画、エトセトラ。鑑賞した作品の感想をSNSに投稿すると、さまざまな意見が飛び交う。最近は「感想を書くこと」について投稿すると思いもよらぬ大きな反響があったりで、沢山の意見を目にし深く考える機会を得たりも。

 

この『インターネットにおける感想・批評のすゝめ 2026』は、そんな経験を通しての私自身の思考の整理である。「批評の是非」「正しい感想・間違った感想」のようなものではなく、どちらかというと「考え方」「処世術」のお話。

 

あるいは。僭越ながら「感想をどう書くべきか」「それをインターネット(SNSやブログ)で公開する行為にどう向き合うか」等のトピックでご相談をいただく機会も多いので、一度しっかり私のスタンスをまとめておこうと思い立った。「2026」と添えたのは、今の潮目の肌感も加えて書いているから。AIやSNSの潮流、加速するエコーチェンバーを踏まえたものである。そのため、数年後には内容が変わるかもしれない……。

 

ただ、最初にことわっておきたいのは。誰かにこの内容をもって「こうしてほしい」と伝えたいわけではない、ということだ。あくまで「私はこう心がけて」「こうしている」「あなたはどうですか?」という “姿勢” を書いている。あなたがどうするかは、あなたが決める他ない。

 

 

 

肯定も否定もあって健全

 

絶対的な原理原則。「好きな人もいれば嫌いな人もいる」、これが感覚的に忘れられがちなのが、今のインターネットである。みなさん、カレーが好きだろうか。実は私は苦手である。レバーの食感が嫌いな人は多いが、私は焼肉屋でレバーを必ず食べる。感覚も経験も十人十色。ただこれだけの話で、世のありとあらゆる創作物にも、受け手の数だけ好きと嫌いが存在する。よって映画や漫画にも、肯定と否定、その双方がないと不健全と考える。

 

だからこそ、否定的な意見を抱いたとして、それを無理に飲み込むことはない。もちろん、無理に出力することもない。というより、「否定的な意見を発信しよう」というスタンスが事実上は存在しておらず、これは「感想を発信したら “結果的に” 否定的な意見だった」である。この違いは大きい。

 

もちろん、「肯定的な意見だけを見たい」「ネガティブなものに触れたくない」という感覚も、分かる。ただしそれは、この原理原則を踏まえた二階部分にあたり、情報の整理の話。一階を改築することはできない。「否定的な意見だから」という理由だけでその発信者を攻撃する行為は、望ましくない。

 

 

反対意見は攻撃ではない

 

フィクションに自身の存在意義を預ける人が増えた印象は、ぬぐえない。その影響か、好きな作品の否定・批判意見を目にした際、「私が攻撃された」と感じてしまうのだろう。はっきり、それは違うとここに書いておく。反対意見は、あなたを攻撃していない。あなたは作品ではないし、作品もあなたではない。あなたというかけがえのない存在を、なにかに委ねることなかれ。

 

ただ、感覚としては分かる。漫画を読み終わって「めっちゃ面白いぜ!最高!」と盛り上がってSNSを見ると、否定意見が並んでいたりする。その際にもやっとする気持ちが1ミリもないといったら、そりゃ嘘である。あるに決まってる。しかしながら、誰がなにを言おうと「めっちゃ面白いぜ!最高!」は心に宿った確かな感想なのだ。ここは揺るがない。自他境界を意識していこうではないか。

 

「自信を持とう」とは言わない。ただ、「芯を持とう」とは言いたい。自分の感想は自分だけの感想である。攻撃でないものをわざわざ攻撃に見立てる必要はない。存在しない矢をわざわざ具現化し、よりにもよって自らに刺す必要もない。

 

 

アンチや信者は実はほとんどいない

 

よく、作品に否定的な感想を持つ者を「アンチ」、その逆は「信者」と呼ばれる。しかしながら、特に昨今のSNSで考えると、真の定義でこう呼べる者はそれぞれほんの少数しか存在していない。私の肌感では、1,000人に1人とか、その程度である。

 

多くの人は、グラデーションを持っている。この点は好き、ここは褒めたい、でもあの箇所は苦手、あそこは批判する。完全な黒か白かではなく、99.9%の人はグレーの中に居る。その濃淡に違いがある程度だ。しかしながら。例えばSNSはおすすめ欄のアルゴリズムを操作し、エコーチェンバーを加速させる。目的はひとつ、「このサービスへの滞在時間を増やしたい」。人を誘導する最も簡単な感情は、怒りだ。多くの人はグレーに住んでいるのに、わざわざ白を表示し、あえて黒を表示し、「なにをぉ!」という怒りを喚起してくる。ほんの僅かしかいない0.1%を、20にも50にも錯覚させてくる。

 

「アンチ」や「信者」は、実はほとんどいない。それを念頭に置くことが望ましい。そして、アルゴリズムはあなたを怒らせようとしてくる。「なるほどそういう意見もあるのね」「でも自分は違うな、なぜなら……」。この「なぜなら」にこそ金脈(自己理解の深まり)が眠っている。怒りを、金脈に変えよう。

 

 

肯定という同調圧力

 

日本人の国民性ともいえる、同調圧力の課題。「叩いていい作品、その風潮ができるとこぞって叩く」という集団心理、その問題意識は昨今かなり濃くなったように思う。しかしながら、その反対。「みんなが褒めているから褒めなければいけないような空気」は、出発点が属性:ポジティブだからか、まだまだ問題視が足りないと感じている。

 

自身がそうでないと感じたならば。しっかり批判しよう。ちゃんと否定意見を述べよう。それも行き交ってこそ健全である。私の主張はこれに尽きる。「みんなが褒めてるから褒めなきゃいけない」なんてことはない。というか、「みんな」はあなたではない。構図は、どこまでいってもあなたと作品の1on1だ。

 

こういう話をすると、「批判を言う人はその意見もまた批判されることを受け入れるべきだ」などといった、当たり前の話を鬼の首を取ったように言う人がいる。すまない、きみは周回が遅れているぞ。誰のどんな意見も、賞賛や批判の対象となり得る。作品も、個人も、絶対防衛ラインなんてものはない。原理原則である。

 

「絶対に自分と違う意見の人に指をさされたくない」という人は、大変残念ながらインターネットでの発信と距離を置くしかない。ただ、こんなゼロヒャクを言っても仕方がない。だからこそ、処世術とマインドセットの段取りに進んでいく。

 

 

強い、汚い言葉をやめよう

 

「批判・否定意見もちゃんと述べていこう」と同じくらい、私は「強い・汚い言葉を使うのはやめよう」と主張したい。駄作、擁護、爆死、改悪、クソ、カス、黒歴史、時間を返せ、界隈、にわか、地雷、逆張り、罵詈雑言、誹謗中傷、エトセトラ。もちろん、辞書上は問題ない単語もあるにはある。何度も書くが、インターネットの処世術という視点で書いている。

 

先日、ヒット中の映画への批判テキストを読んだ。うなずける箇所、そして私に無い視点もあり勉強になったのだが、どうしようもなく言葉が汚い。クソだの、カスだの、そういう言葉が躍る。さらには、その映画を楽しんだ人まで罵倒する始末。率直に言って、こういうアプローチがあるだけで、文意以前に読むに値しないとされるのが最新の感覚であろう。たとえ言いたいことがあったとしても、読み手の負の感情を増幅させた状態では伝わるものも伝わらない。たとえ料理が美味しくても、虫がうようよしている店には入ってくれない。

 

もっと言うと、そういう人がいるから批判・否定意見が一緒くたに嫌悪されてしまうのだろう。同じくくりに入れられ、忌避されてしまう。それが、残念でならない。

 

 

罵倒芸の衰退

 

ひとつ上のトピックに関連して。ひと昔前は「できが悪い」とされる作品を罵る芸風のようなものがあった。インターネット、サブカルを中心に、確かに存在した。あえて辛辣なワードを並べることが「おもしろい」とされた時代があったのだ。

 

しかしながら。そのようなシニカルな語りや毒舌のニュアンスは、今となっては通用しがたくなった。私自身、過去にこのような芸風で書いた経験があるからこそ、自覚と自省があるつもりだ。これもまた、広義の攻撃にあたるようになったからだ。

 

……いや、正確にはここに筋は残っている。そういう芸風を今でも使いこなせる巧者は存在している。ただ、これはもはや尋常ならざるテクニックが求められる域に達してしまった。前述の通り、ただやっただけでは読み手の負の感情を増幅させるに過ぎず、昨今はここへの感度がうなぎ上りだ。誰かが負を受信するアンテナ、それはエコーチェンバーの加速により、人類史上最高の高さと鋭敏さを誇っている。

 

 

空中戦はやらない


先に「攻撃でないものをわざわざ攻撃に見立てる必要はない」と書いたが、大変残念ながら、しっかり意図して攻撃してくる人がいる。これがいるのも、ただただ哀しい現実である。

 

作品と自分ではなく、「作品を楽しんでいる人」「作品を楽しめなかった人」を指してモノを言う。ファンやそうでない人を指し、振る舞いや属性でラベリングし刺す。私はこれを、地に足のついていない「空中戦」と呼んでいるが、それはやらないに越したことはない。もちろん、気持ちは分かる。自分と反対意見の属性に、一言モノ申したい気持ちは、そりゃ、ある。だからこそ、マナーや処世術の領域だ。レバーが好きでもいい、でも「レバーが苦手な奴は舌バカ」などと書いたら戦争である。SNSのゴングは風鈴より簡単に鳴る。

 

もちろん、「人」を対象に批評する行為は、その手法として存在する。しっかりとした言い回し、ワードチョイス、分析、批評性でもって成立させれば、こんなに重要なものはない。ただ、こと「インターネットでの作品感想」「個人が趣味やその延長でやる批評」に限っては、かなりの確率で悪手であると、そういう感覚を持っている。

 

 

情報の選別は受け手がやるしかない

 

さて。「肯定も否定も、絶賛も批判も、健全に行き交わせようではないか」「それはそれとしてマナーや作法ってあるよね」と書いてきた。ただし、こんな場末のブログでそれを訴えても、残念ながら攻撃はなくならない。自分にとって不都合な「感想」は、世の中に無数に存在している。

 

結論から書く。情報の整理・選別は、受け手の仕事である。自身の判断で、タイムラインを構築し、ミュートやブロックを使いこなし、自身が受け取りたい情報が流れる河川を整備しよう。整備が行き届いていない、例えばおすすめ欄や検索欄を閲覧する際は、「ここは整備されていないのだ」「なにが流れてきてもしょうがないのだ」と、強く念頭に置こう。

 

どういう情報を望むかは、どこまでいっても十人十色だ。批判の「ひ」の字も見たくない人もいれば、適切な批判ならむしろ積極的に摂取したい人もいる。受け手の数だけ「許容度のライン」は異なる。あなたの「許容度のライン」は、あなたしか分かり得ない。他者の意見があなたといういち個人の「許容度のライン」を越えていたからといって、それを是正しようと働きかけるのは、傲慢である。自分の定規を、誰かを殴る棍棒にしてはいけない。

 

あなたの「許容度のライン」を誰よりも詳細に理解(わか)っているのは、他でもないあなただ。だから現実的に、実務的に、あなた自身が河川を整備するしかない。これは、受け手個々人に課せられたミッションなのだ。

 

 

誰も自分の意見を代弁しない


肯定も、否定も、どちら寄りの意見も。感想や批評は、一義にその全てが等しく尊い。だからこそ、その純然たる感想を誰かの言葉に委ねるなんて、もったいない。

 

「私の感想が言語化されている!」と、SNSで嬉しくなる。気持ちは分かる。しかしそれは、往々にしてあなたの頭の中を言い当てているのではない。あなたの頭の中にあった、まだ固まりきっていない大切な感想を、近いアウトラインの感想が塗りつぶしたに過ぎない。これで、あなたの感想はもしかしたら永遠に失われてしまった。塗りつぶされたら、もう再生が効かない。

 

紡ごう、と言いたい。上手に書く必要はない。語彙力など必要ない。あなたが感じたことを、あなたの定規にあてはめ、あなたの言葉で表現すれば良い。耳障りがいいだけのテキストなら、AIが秒で書ける時代になった。だからこそ、泥臭いヒトの言葉の価値は増していく。仮にそれが拙いと感じたら、「拙くてなんだ」と開き直ろうではないか。仮に空中戦を仕掛けてくる人がいたら、その人が多分「おかしい」のだ。無視してやればいい。

 

 

感想は、正解あてゲームではない


最後に。感想や批評は、正解あてのゲームではない。解釈の答えのようなものを、誰よりも早く面白く言語化してタイムラインに投げ込む競技でもない。

 

「感想」は、自身の理解を言葉にする行為を通して、どういう視点を持っているか・なにが好きか・なにが苦手か、その解像度を上げていく作業だ。その解像度の上昇に快感を覚えるものだ。感情というどこまでも深い沼から、世界で唯一オリジナルの「定規」がぬっと浮き上がってくる。私はそれに快感を覚え、この20年、書き続けてきた。

 

「感想を書くのが苦手」という声を、よく聞く。なにが苦手なのか。どう苦手に思うのか。まずはそこから言葉にしてみても良いかもしれない。世界は、言葉で出来ている。それが全てとは言わないが、言葉にすると世界がもっと鮮やかになる。私は、そう信じています。

 

以上、『インターネットにおける感想・批評のすゝめ 2026』、またの名を『インターネットへのラブレター』でした。

 

批評の歩き方

  • 人文書院
Amazon
推すな、横に並んで歩け エンタメ感想オール・タイム・ベスト

Amazon
サブカルをお守りにして生きてきた

Amazon
残暑感想文 (feat. 歌愛ユキ)

  • はるな。
Amazon

 




以上の内容はhttps://www.jigowatt121.com/entry/2026/03/04/185604より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14