以下の内容はhttps://www.jigowatt121.com/entry/2025/12/18/190309より取得しました。


僅かでもなにかを誇れるとしたら、やっぱりライティングかもしれねぇ

FOLLOW ME 

いよいよ、言い逃れできないほどに、アラフォーである。

 

子育ての楽しさと大変さに襲われ、仕事にもたっぷり脂が乗りはじめ。またひとつライフステージが進んだような実感を、ここ数年で抱いている。反面、ブログを書く頻度はめっきり減ってしまった。シンプルに、時間が取り辛い。とはいえ、とはいえ。やはり「書く」こと、ライティングって自分の人生と共にあるな、と最近よく考える。

 

昔から、文章を書くのは好きだった。作文や読書感想文の宿題で苦労した覚えは一切ない。むしろ、楽しみで真っ先にそれらに取り組んでいた。高校を卒業する頃、ふと思い立ちブログを立ち上げた。FC2ブログである。漫画やアニメの感想、日々の考え、展望、ネタ記事。当時はリアルの知り合いにもブログを教えていたので、かなりプライベートなことまで書き散らしていた。書いて、それを公開して、誰かに読まれる面白さ。FC2ブログが自分のライティングの出発点である。

 

その後、Twitterが日本に上陸。あまりに手軽に「書く」ができるので、ブログを放置してしまった。書いて、公開して、読まれる。Twitterは、この一巡があまりに手軽で早い。衝撃的だった。とっても気軽に画像を添付できるのもすごかった。

 

とはいえ、やっぱりボリュームのある文章への憧れがあった。ブログにできて、140字にできないこと。その最大の差異は「企画性」と感じている。テキストサイトで育った世代だからか、文章という代物は、企画し、演出し、魅せることができると理解している。小説といった物語を紡ぐのとはまた違う、インターネット文章の肌触り。一種の、芸。思い返せば、自由研究の宿題も好きだった。卒論も楽しすぎた。これらには、かなりの「企画性」がある。かっこつけて言えば、「プロデュース」の醍醐味。どう始めて、どう展開して、どう締めるか。カーテンコールまでを自在に決められる面白さがある。

 

社会人になり、映画館通いが加速した頃、新しいブログを立ち上げた。gooブログだ。奇しくもこの2025年、サービスが終了してしまったgooブログ。本当にありがとうございました。

 

【追記】goo blog サービス終了のお知らせ - goo blog スタッフブログ
  • []

はてなに越す前の3年間、大変お世話になりました。確かに私の礎でした。「gooブログ投稿白書2016」当時、アクセスが急上昇したブログとして編集部にご紹介いただけたのが思い出深いです。本当にありがとうございました

2025/04/14 20:31

 

gooブログでは、前述の「企画性」にとことんこだわった。画像をどう挿入したら見栄えが良いのか、太字や色をいかに弄るべきか、あえて長々しく書くとなにが伝わるのか。SNSと連携させ、PVの推移を観察しながら、ひと記事ひと記事、トライ・アンド・エラーを回し続けた。ブログ内にバナーを作り、回遊性を高めた。読者参加型の企画を立ち上げ、巻き込む流れを作った。カテゴリーを精査し、真面目な記事とネタ記事を往復し、読者を飽きさせない構成を意識した。当然、炎上も小競り合いも経験した。

 

どう書いたら、どう反響があるのか。この知見がとにかく自分の中に溜まっていった。嘘みたいな話だが、今となってはブログに記事をアップした際に「Twitterでおそらくこれくらい読まれるだろう」「検索流入はあの程度だろう」「はてなブックマークでそれなりにブクマがつくだろう」とほとんど自然に予測でき、6割くらいはそれ通りに推移するようになった。この6割という体感値の生々しさ、伝わるだろうか。

 

そして、はてなブログへ。FC2ブログで基礎体力をつけ、gooブログで試行錯誤を重ね、はてなブログでは現時点での自分の「完成形」を意識した。画像やサイトの埋め込みをはじめ、レイアウトにこだわり、はてなブックマークを介した読者の獲得を狙った。ブログを書く人のためのブログ、みたいなものも沢山書くようになった。

 

Googleアドセンスに申請し、広告を貼り、ついにライティングがお金を生むようになった。この頃から執筆依頼も増え、おかげさまで50件ほどの依頼をこなしてきた。ライターとしてラジオに出演したこともある。実は某出版社から書籍化のオファーをいただいたこともあり、かなり熱心にコミットしたのだが、結実には至らなかった。と、まあ、自分で言うのもアレだが、それなりに「読まれ」てきた半生だった。

 

そうして、アラフォーである。FC2ブログを立ち上げてから、およそ20年。人生の半分はライティングと共にあった。

 

その時その時、書きたいもの、読まれそうなもの、漏れだしてしまうものを、文字に起こしてきた。そこには、毎回必ず「企画性」がある。そしてその手前、言語化は実のところ極めて思考のフェーズが大きく、世の中のありとあらゆるものを言語で理解したがる人間になった。言葉にし難い感情や感覚を言語化する時の、沼の底からグッと定規が浮き出てくるような、あのカタルシス。嗚呼、自分ってこういう感情にこういう目盛りを添わせるんだな、という気付き。頭の中の宇宙が急速に収束し弾けるような感覚。すっかり、その虜である。

 

思考、執筆、企画、反響。私にとってのライティングは、この全てを内包する。決して、ただ文字を並べるだけではない。だからこそ面白く、やり甲斐に満ちている。

 

歳を重ね、少しずつ、少しずつ…… 人生を振り返る瞬間が増えた。棚卸しである。自分はなにを積み重ねたのだろう。そして、誰かになにかを伝えられるとしたら、もっと言うと、「なにかを遺せるとしたら」、なにがあるのだろう。自画自賛をしたいのではなく、自分を客観的に分析する機会が増えた。

 

そうなるとやっぱり。結局。私が僅かでもなにかを誇れるとしたら、それはライティングなのかもしれない。

 

あらゆる趣味も、楽しみも、悲しみも、辛さも、もどかしさも、充足感も。私には、それらを文字に起こすスキルと自負がある。クオリティがどうかは究極のところ関係ない。私が、私の思考や感情を、私が好むようにテキスト化できる。これがどんなに喜ばしいことか。これがどんなに頼もしく、安心で、蠱惑的なことか。

 

自分とライティングの半生、そのノウハウや立ち位置を、よくよく考えるようになった。これからどうやって、なにを書いていくのが望ましいのか。ひとつのチャレンジとして、ココナラにブログの診断サービスを出品してみた。前述の通り、私の定義するライティングはただ書くことではない。思考、執筆、企画、反響。そのPDCAを回すこと。この考え方を誰かにお伝えできるかもしれない、と思い立ったのだ。早くも2件もご依頼をいただき、どうやらご満足もいただけた。自分のライティングの礎がこうも活きる。感動モノである。

 

coconala.com

 

私のTwitterのプロフィールには、「思考をキーボードに零す人」と書いてある。我ながら、この文字列が好きだ。キーボードを媒体に、脳とブログが接続されるような、そんな感覚がある。書くからこそ考える。考えるからこそ書く。ブログを20年やってきて最も鍛えられたのは、きっと語彙力でも文章力でもなく、思考力だろう。

 

ライティングとは、思考である。

 

 

※ブロクリ2025、ブログクリーンアップ18日目の記事でした。昨年に続き、楽しい機会をありがとうございます。レッツ!ブロクリ!

 

adventar.org

 

会社や学校では教えてくれない 文章力向上の鉄板ルール 生成AI時代にこそ学びたい 自分で文章を書く技術 松井謙介 M

  • ノーブランド品
Amazon
書く習慣 自分と人生が変わるいちばん大切な文章力

  • 作者:いしかわゆき
  • クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
Amazon
それを言葉という

  • Sony Music Labels Inc.
Amazon

 




以上の内容はhttps://www.jigowatt121.com/entry/2025/12/18/190309より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14