
やなせたかし先生の話を聴いて、大器晩成に思いを馳せる。
なんか、朝起きる時にすっごく眠いんだよね。今日は建国記念日だけど弊社は出勤日、フツーに仕事をして帰ってきてブログを書いてるんである。
最近はどうも睡眠時間が足りてないおそれがあるんじゃないかという心配があるんだよね。僕は睡眠時間はポケモンスリープで計測するようにしてるけど、ポケモンスリープ情報によると昼間に眠気を感じなければ大丈夫ということだ。
しかしまぁ、睡眠というのは時間と質を両方よくしておかないといけないとのことだ。そこんところで多少、睡眠時無呼吸症候群とかになってないかは心配である。こちらの方の診断を受けるために、睡眠外来に行ってみるのも悪くないかなと思うところである。
だが、最近はちょっと病院に行きすぎの気もするんだよね。週末は毎週のように病院に行ってばかりだし、時間が勿体無いような気もするのである。ちょっと不具合があれば僕は病院に行ってすぐに検査をするようにしているけど、鼻炎による耳鳴りだとか高血圧などの持病も見つかり、定期的に病院に通うことになっている。
メンヘラゆえにそれほど長生きをしたいという気持ちはないが、でも何かしらの体の不具合によりQOLを下げた人生を送りたいとは思わない。僕はすでに統合失調症をやっているが、健常者だった頃と比べると全然思考が回らない感じですっごくストレスを感じてる。
一病息災で、これ以上体の調子を悪くなるような病気を増やしたくないという気持ちはあるよな。人生全般を振り返った時に、本当に人生前半が割とどん底で最悪だったもんで、あれで絶望して人生を棒に振ってもおかしくなかったとは思うよな。なんとかかんとか、そこからちょっとはマシな思考ができるようになり生き延びている。人生後半まで苦しいばっかりの人生は送りたくないよな。
まぁ、エッセイやら哲学書やらでいろんな人の人生の話を聞いているが、死ぬ時に「まあまぁやりがいのある人生だった」と納得できるのなら素晴らしい人生なのであるという。どうにも僕はそれほど多くのものを残せる人生ではないようなのだが、何かしらの意味というのを残せれば良いかなとは考えている。
そこんところ、色々と考えちゃうよね。最近、コテンラジオでやなせたかしの回を聞いている。
やなせ先生というとアンパンマンの作者であるけど、やなせ先生がアンパンマンを生み出したのは人生後半に入ってからだった。それまでは器用貧乏で色々と仕事はやってるけど、代表作がなくて創作者として強い劣等感を感じた人生であったらしい。
やなせ先生は子供の頃から兄弟と比較されていたりとか母親に捨てられたりなどして、ものすごいネガティブで劣等感に塗れた性格であったらしい。そこから美術学校に通ったりとか戦争を経験したりなどして、さまざまなことに器用さを発揮できる才能に気がついたけど、それでも劣等感というのは消えなかった。
やなせ先生はずっと子供の頃から漫画家になりたかったらしい。だが、生来の器用さ故にデザインをやったりとかラジオの脚本などの仕事をやることができたのだが、ずっと漫画家としては芽が出なかった。そのうち、自分がたまたまラジオの脚本で書いた代表作の「優しいライオン」のアニメ化の機会を、漫画の神様・手塚治虫と一緒に仕事をすることで手に入れた。
手塚治虫と一緒に仕事をしてみてやなせ先生が気がついたことは、「自分は漫画家無理だ」ということであったらしい。手塚治虫はまさにその頃世界一の漫画家で、自分でアニメスタジオを作りアニメの仕事までやってたけど、本人が連日徹夜をしてアシスタントにもパワハラかましつつメチャクチャに仕事をする人であった。
こういうめちゃくちゃに仕事をする人と一緒に働いてみたところ、やなせ先生はこんな無茶な働き方はできないと悟ったそうだ。おそらく、今の宮崎駿みたいな働き方をする人だったのだろう。しかし、その中でやなせ先生はキャラクターデザインの仕事をしていたのだが、シナリオを読むとキャラクターが頭の中で動き出し自然とその姿が浮かぶことに気がついた。
そこで、キャラクターを作ることだったら自分は手塚治虫よりも天性の才能があると開き直ったやなせ先生は、自分の哲学を詰め込んだヒーローの「アンパンマン」を作成した。しかし、童話としてはあまりにも設定が尖りすぎていたために周りの編集者やスポンサーには認められなかった。ところが子供たちにはものすごくウケており、それだけを頼りに突っ走ったところアニメ化をされて大成功。その頃やなせ先生はすでに69歳だった。
晩期大成型の偉人には他にはカーネルサンダースなどもいるけど、それらの偉人の話を聞いてると、いつまでも自分のやりたいことをしっかりと諦めなければ、いつ花開くか分からないということだよね。やなせ先生の話を聞いていると、僕も大概すでに40代で、普通の人であれば守りの時期に入る世代だけど、チャレンジ精神を忘れてはダメだなと思った。どこのチャンスがあるか分からないし、人生を諦めずに開き直って生きようと思うところである。