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世に倦む日々の記録の日記。

世に倦む日々の記録の日記。


気力使い果たし状態。やる気がなく眠気が強く集中力がないという感じ。仕事は死んだふりで体力回復に努めており、今日は怒られなければあとはいいやという姿勢で仕事をしてる。


ちょっと食事も外食にしてるが、今のところ体重が見たことのない数値になっている。ここんところも悩むところであるが、ちゃんと毎日の食事を沼にして、運動をしっかりとやっていればいずれ体重も元に戻るだろう。今は気にしない。


僕もわりかしメンヘラ歴は長い方であるが、こういう「やられ状態」の時は無理に何か重大な決断をしない方がいい。できるだけ体力温存をするために刺激の少なくする行動を選び、浮かび上がってくるのを待つしかない。


ブログに関しても今日は手を抜く。一回休みである。とはいえ、2000字はしっかりと書きはするけど、本当に日記ベースのどうでもいい僕の生活のことを書き、過激な思想が入った文章を書かない。


ほんと、そこんところは最近気をつけないとならないんだ。親族の葬式がありネガティブな気分になってる時に、ネットで嫌な情報を見かけて、ストレス許容量がパンク状態に陥った。それでアンチSNSな文章ばかりを書いてるけど、そういう何かに怒る文章は疲れるものだ。


僕は「反ソーシャル」というかSNSが嫌いではあるが、これも功罪相反してるような事柄であると思う。確かに、僕もブログの方でいろんな人たちと知り合ったけど、これは沖縄の田舎に住んでる僕であれば一生知り合うことが出来なかっただろう。


ネットやはてなブログのようなSNSを通じることでいろんな人たちと知り合うことができた。これはインターネット時代ならではのことだ。世界中の自分とは接点がない人たちとも繋がることができるのである。


それにしたって、世界中に広まった匿名文化圏の悪癖というか、無責任にも自分の在り方というのを無視して他人ばかりを攻撃するようなネットユーザをなんとかせんとならん。実際、ネットリンチで自殺者が出ても世間の人たちは何の良心の呵責もなくおんなじような誹謗中傷をやめようとしないんだ。


表現の自由」ってやつはなんだろうなー? と思うが、今の世の中の現状を見ていると、権力者がその権力を背景に自分の好き勝手に罵詈雑言をいう権利を「表現の自由」と言ってるらしい。Twitter改めXなんてものは、権力側が好き勝手に暴言を言うのが表現の自由で、弱者が暴力から身を守るモデレーションを排除することで、弱肉強食の世の中を作り出そうとしてるらしい。


今は、気を抜くとすぐにこう言う世間に対する怒りの感情が心の表層に浮かんでくるのである。最近、ポッドキャストで「宇多丸のムービーウォッチメン」を聞いたのだけど、トランプが今のようになるまでを描いた映画の「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」と言うのが面白そうなので、これはちょっと観てこようかなーと思う。


今の世の中の権力を握ってる人たちをどう考えればいいのか? と僕は考え続けている。彼らには彼らなりの考え方があるはずなので、それに共感はせずとも理解はする必要があるだろうなと考えている。


トランプが再び大統領になれた理由としてはラストベルトで抑圧されていた白人労働者の働きがあるという。その辺りは、今の副大統領のJ・D・ヴァンスが書いてる著作の「ヒルビリー・エレジー」と言う書籍で彼らの心情が書かれているらしい。こちらは翻訳もされてるらしいので、できるだけ読んでやりたいなと思うところだ。


僕は生理的に嫌悪するものであるとか、どうしようもなく受け入れ難い出来事があったときに、その要素には何かしらの自分が見たくない自分の側面が含まれてるのではないかと考える。どうも僕は、エゴが強くて他人に押し付けがましいことをしても平然と自分の正義を信じられるタイプが嫌いである。


例えばそれはドナルド・トランプでありイーロン・マスクなのであるが、彼らはおそらく僕の「シャドウ」なんだろうなと思うんである。


シャドウというのはユング心理学での概念なのだけど、このようなものだ。


www.earthship-c.com


おそらく僕は「自己主張というのはしっかりと押さえてきちんと調和を大事にするべき」という性質があるので、彼らのように「何が何でも自分の主張を押し通す」というタイプには強い反発を感じる。自分が嫌いな上司とかもこれと同じタイプであり、この手のタイプが死ぬほど嫌いだ。


ここまで考えて僕はどうすべきか? と考えたけど、これも僕の座右の銘の一つだけど哲学者スピノザが言っている「嘲笑せず、嘆かず、呪わず、ただ理解する。」という姿勢で行くべきだろう。世の中で起きてる現象というのは、単なる事実である。それに自分勝手な私見を入れてしまうとバイアスが発生する。


問題を解決するためには、「ただ理解する」という姿勢が大切だ。問題が大きく見えるのは、そこに自分の影を見てるからである。そんな問題に立ち向かうのは「勇気」だ。




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