
ジェスチャードローイングなるものを始めてみた。
今日思ったのは、絵って結局「気合い」で描こうとすると逆に描けなくなるってことだ。
昨日もいつも通りの一日だった。仕事をいろいろやって帰ってきて、コインランドリーに洗濯物を入れて、それから家で飯。『葬送のフリーレン』を流しながら食べて、そのあと少しだけ絵を描いた。そんな、わりと平常運転の夜。
で、昨日はヌードデッサンをひとつ描いた。Pinterestでポーズだけ拾って、それを見ながらラフを30分くらい。アート寄りのヌードデッサンだから、まあ公開しても大丈夫だろうという判断。 怒られたら取り下げる。
描いてみた感じ、胸郭はわりと形を取れるようになってきた気がする。ただ、骨盤がまだ怪しい。骨盤の立体が頭の中で完全に理解できてない感じがある。だからしばらくは、骨盤周りを重点的に描いてみてもいいかもしれない。
とはいえ、ラフとしてはそれなりに描けてる。30分でこのくらい形になるなら、悪くない気もする。むしろ問題はそこじゃない。僕の場合、練習はするのに本番絵がなかなか描けないという、わりと典型的な罠にハマってる。
そこで最近ちょっと試してるのが、ジェスチャードローイングの本を読んでみて試してみた。
体の流れだけをつかんで、1分とかでバーッと人体を描く練習。構造を細かく作るんじゃなくて、とにかく動きと勢いを線で取る。
これ、やってみて思ったんだけど、たぶん単なる練習法じゃない。メンタルのブロックを壊すための方法なんだと思う。
練習好きな人って、人体を描こうとするとすぐ気合いを入れてしまう。骨格、筋肉、比率、全部ちゃんとやろうとする。もちろんそれ自体は大事なんだけど、やりすぎると逆に手が止まる。完璧じゃないと描いちゃいけない気がしてくる。その状態になると、本番の絵が描けなくなる。
ジェスチャードローイングはその逆で、とにかく手を動かす。雑でもいいから描く。 線を止めない。形が狂ってても気にしない。
要するに「描くこと」に慣れる。本で読んだ説明でも、似たようなことが書いてあった。正確な人体と、魅力的な絵は必ずしも同じじゃない、と。
現実の人体には現実のバランスがある。でも絵には、絵としてのバランスがある。 その二つのバランスを、頭の中でうまく調整する必要がある。
僕はわりと形に引っ張られるタイプで、構造を気にしすぎてファンタジーの勢いが出にくい。 もちろん、形が崩れるのは単純に技量不足でもあるんだけど、勢いのある線が描けるなら、それはそれで絵として成立する気もする。
ちなみにジェスチャードローイングは「1万体描け」とのことである。ただ、実際のジェスチャーってかなりシンプルな線画だから、量だけ見ればそこまで不可能な数字でもない。
とはいえ、今の僕がひたすら量をこなすのが一番効率いいのかというと、ちょっと迷う。骨盤みたいに弱い部分をピンポイントで鍛えたほうがいい気もするし、本番の絵の仕上げ技術も勉強したい。
このへんは正直、いまだに悩む。ただ、最近は少しだけ考え方が変わってきた。 結局のところ、悩んでても絵は増えない。
だから、とりあえず思いついたものをどんどん描く。 ラフでもいいし、勢いだけでもいい。気に入ったものがあれば、そのまま仕上げまで持っていく。
描いたものはブログとかPixivにも出していく。そうやって外に出しながら、自分の理想の絵に少しずつ近づいていく。それでいいんじゃないかと思う。
たぶん一番ダメなのは、頭の中だけで完璧な絵を作ろうとすることなんだろう。理想の絵は、考えてるうちは永遠に完成しない。だから今日も、まあ一本でも多く線を引く。 結局それが、いちばん確実な近道なんだと思う。