
理想の文章が書けない。
さて、今日は土曜日であるな。今日は午前中にはいろんな生活用品を買うために買い出しに行ってきた。そして、カフェに行きニュースレターを書く。
最近、ChatGPTに「プロの編集者として評論して」というような感じで前置きをして書いた小説を読ませて感想を聞いたりするのだけど、どうにも自分の文章は無駄な贅肉が多すぎであるようだな。
まぁ、わかる。僕はこうやって10年近くブログの毎日更新をやってきたのだが、そのせいか頭を使わずとも直接思考を言語化してしまうというスキルを身に付けてるのである。そのため、キーボードを叩けば思いつきをリアルタイムで言葉にするというのが可能であり、あんまり頭を使わなくても文章が書けるのである。
これ、ブログでライフログを書くのには役立つのだが、小説を書く場合には「どーだろ?」という感じ。小説の方でもそれなりにスムーズに文章を構築することができるのだけど、リミッターが外れてしまってるので無駄なノイズが大量に紛れ込むらしく、たいして表現しなくてもいいような文章まで書いてるようなのだ。
ちゃんとした文章の書き方というのを練習するべきだよなーと思う。僕の文章の書き方というのはあくまでも独学であり、頭の中に浮かんだ言葉を羅列してるだけであり、何かを人に伝えるために最適化された文章ではない。
これを改善するためにニュースレターなどの工夫した文章を投稿するメディアなんかに投稿する練習もしてるのだけど、気がつけばいつものように手なりでダラダラと文章を書くルーチンになってしまっており、たいして工夫もせずに思いつきの文章ばかりを書いているのである。
少なくともさ、ちょっと人に読ませたい文章であれば、文章を手なりで書き始める前に箇条書きで下書きを準備するとかそういう工夫が必要であり、いつも時間がないから頭から尻尾までフリーライティングの殴り書きばかりやってたらいつまで経っても成長しない。
当然なんだが、そういう人に読まれるために工夫した書き方というのは、フリーライティングよりも頭を使うし、書いていてもそんなに楽しくないんだよね。時間が掛かるし、本文を書いていても意外性がない。
こういうの「どーなんだろ」と思う。ブログでやる分にはいいんだけど、小説でこれをやり贅肉だらけの文章を垂れ流すのはほんとまーどーなんだろと思う。
別に美文を書きたいとは思わんけど、たまに僕はこういう自分の文章の書き方のスランプに陥る。自意識過剰なのかもしれないけど、自分の書いてる文章というのが悪文でつまらないものを書いてるように思えて、今まで書いてきた文章が全部黒歴史のように感じるのである。
多分、これも何度もブログでは書いてることだけど、僕はアウトプットに対してインプットが少なすぎるんだと思う。頭の中の瑣末なことを膨らませてどうでもいいような文章を垂れ流すのに書き方は特化してるが、それを他人が読んで面白いような文章を書く用の「よそゆきの文章」が書けない。
毎度毎度、こういうことを考えては文章読本なんかを買い込んでいろんな書き方を試そうとして書けなくなるのである。これは再現性があるから自分でもよくわかるスランプのパターン。わざわざ書くときにPREP法とかお役立ち文章の書き方を真似てしまい、そして自分でも良くないなというような文章を書いてまた自己嫌悪に陥るのである。
文章道というのは奥が深いらしく、どれだけ書き続けても自分の満足いく文章というのは書けないようなのだ。別にこれは文章に限らず、僕はイラストも描くけど、書いてる時は作業興奮で凄い絵に思えるけど一月後ぐらいに見ると顔面のパーツがずれてたりとかで「あちゃー」となる。これは文章でもあるあるでな。
結局のところ、文章でもイラストでも「たくさんいいものを見て、たくさん書く」ということだろうなーと思う。そして、おそらく一生書き続けても自分の満足いく文章というのは書けないんだと思う。そんな中で「多少はマシ」と思える成果物を積み重ねていくのが、文章道の成長なんじゃないかと思う。
ブログの毎日更新については、文章は毎日書けば書き慣れるけど、別に文章が上手くなるというわけじゃないよなーと思う。特に僕は小説の文章修行のためにブログを始めたはずなのに、変な手ぐせがついちゃってるしな。全く、道を極めるのは難しいことである。
P.S. 考えてみたらAIに編集して書いた文章を削らせたらいいのかもしれないな。チャッピーに聞いたところによると、20~30%は削れる文章を書いてると毎回指摘される。推敲の習慣を身につけろとチャッピーに説教されたけど、ほんと、その辺りだよなー。