
生活と仕事のバランスを取る日々。
おはようございます。今日も朝から書いていきます。正直、体は限界に近い。昨日も書いたけれど、夕方になると頭痛や吐き気がして、心理的にはそこまで深刻じゃないのに、体の方が先に音を上げてしまう。これが一番きつい。寝ようにも大五郎が頭をかきむしっていて、それを見てまた不安になって、余計に眠れない。悪循環というやつだ。
大五郎の件についてはさっさと獣医の訪問診療を呼んで対応してもらうのが良さそうだな。大五郎さんはキャリーに入れられるのを死ぬほど嫌がるやつであり、この対応まで僕がやろうとすると今度こそストレスでくたばるかもしれない。さっさと、オンラインで訪問診療ができる獣医を探して予約することだろう。
メンタルも体力も限界状態だし、無理やりでも寝て体力が回復してくるのを待つしかない。今の状況で「大丈夫です」と涼しい顔している方がむしろ不自然だ。母親の介護も続けてきたけれど、そろそろ自分の限界が近いのではないか、と感じる場面が増えてきた。家で面倒を見るのも難しくなってきたし、病院やケアマネと相談しながら、今後のことを考えていかなければならない。
母親はマジでそろそろ施設に入れないとならんかもしれん。今まで自分でかろうじて食事の準備とかトイレはすることができてたけど、今回は麻痺側の虚脱がひどくなっており、トイレに入っても立ち上がれなくてジタバタしていた。今は入院でなんとかなってるけど、そんな母親の面倒をするために仕事を辞めろとか言われたりとかしたら、たまったものではない。
ここ数日は退院やら入院の手続きやらでバタバタするだろう。趣味を止めて睡眠に専念すると決めたのは、やはり正解だったと思う。今は無理すればすぐに思考が暴走し、パニックに陥るのが目に見えている。実際、日曜日は何度も深夜に叩き起こされて救急搬送を手配した。あれを何度も繰り返すのかと思うと、想像だけでクラクラする。
だから今は「守備のターン」だ。野球で言えば、攻める時ではない。落ち目の時に無理やりもがけば、大抵ろくな結果にならない。外側から冷静に状況を観察することが必要だ。7月までは順調だった分、突然パターンが変わって混乱しているのも確かだが、だからこそ立ち止まって整理する時間がいる。これまでも閉鎖病棟に入れられたり、限界を超える経験をしてきた。そのたびに何とか突破してきたのだから、今回も時間が経てば収まるだろう、と自分に言い聞かせている。
ただ、気分の方はどうしてもヒヤヒヤする。そんな時こそ、これまで練習してきたマインドフルネス瞑想や認知行動療法を活かすべきなのだろう。胃の奥に沈んでいる不安感を観察し、紙に書き出して客観的に眺めてみる。歪んだ認知を修正し、パニックに流されないようにする。ブログに書き殴るのも同じで、頭の中で渦巻いているものを外に出すと、少しだけ楽になる。
心の底から何でも話せる友達は一人だけいる。次の休みに会えればいいけれど、入院の対応でつぶれてしまうかもしれない。妹とも話し合って、母親の介護をどうするか決めていかなければならない。どうしても話はシリアスになるけれど、そこにユーモアを混ぜつつ、適度に息を抜いてやっていくしかない。体調はすでに影響を受けているから、これ以上は無理できない。
世の中、好事魔多し。思うようにいかないことばかりだ。親の介護というライフイベントは避けられない現実だし、それはそれとして受け止めていくしかない。大五郎の痒みも含め、全部まとめて「ままならんもの」として引き受けて、できる範囲で進めていこうと思う。
今は限界を越えそうなスレスレあたりを低空飛行してるからね。エネルギーを節約して仕事も生活もやっていこうと思う。