あの地震から15年経った。記憶は薄れているが、いまだに傷跡は残っている。
なんだかんだで他の社会的価値を無視して創作に取り組んでるけど、これは人生を賭ける価値があるんだと思う。
絵を描き続けて気がつけば午前1時40分。今日は思いっきり睡眠不足だから手抜きである。
苦行好きの人間であるが、ほんと休日を費やして苦悩してばかりでアホの所業である。
毎日更新で書くことに慣れすぎて、読まれる文章を書くことができなくなっている。これはこれで病的である。
かといって僕自身、逃げ道があるわけではないので、真剣に次善策とかは考えねばならんよなーと思う。副業プランをまた再加速か。
生活にマンネリした感じが早くも出てくるのだけど、そもそも人生は満足したら終わりなのかもしれない。
まぁ、多分真面目すぎる。普通の人は絵を描くときにここまで悩まん。気分で落書きを描く程度でもいい気はする。
最近、ダイエットをしたりとか絵を描いたりとかしてるけど、新しい習慣を作るには道具に投資するのはいい。ただのリンゴ教の信者という可能性もあるが。
絵を描いていて思うのであるが、根本的に思考してる内容が言葉なんだよね。絵そのもののビジョンが見えるようにしないとあんま意味ないかも。
日曜日にスタバとサウナで気分がいい。そして自分の書いてる文章なんかを振り返って思うのだけど、内面を掘り下げすぎじゃなかろうか?
今日はダラダラして何もしてない気持ちだな。まぁ、創作関係での考えなど。
いくら頑張っても完璧主義ではどうしようもないということである。満足を得るためにはどうしたものか。
ダイエットほど根性よりも仕組みづくりがピタッとくる項目もないよな。習慣を作り変えることが成功に繋がる。
絵の勉強をしてるけど、相変わらずその時の興味に流されてるなーと思う。でも経験的にこれは無駄にはならないのよね。