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文学フリマ東京42(2026年5月4日)に出店します/新刊 黒死牟批評本第二弾『巌の轍』本文サンプル

 

 

 

 

1.文学フリマ東京42に参加します

文学フリマ東京に今回も出店します。ZINEの既刊3冊と新刊1冊を持って行く予定です。
イベント概要は以下の通り。

 

文学フリマ東京42

ブース名:呉樹直己 ブース番号:未定

 

日時:2026年5月4日(月祝) 12:00-17:00

会場:東京ビッグサイト(東京都江東区有明3丁目11-1)

 

詳しくはイベント公式サイトをご覧ください。

bunfree.net

 

既刊3冊は、過去記事でじっくり試し読みできます。通販ももうあります。

https://gjoshpink.booth.pm/

 

 

2.新刊を出します

新刊のお知らせです。タイトルはいわおわだち 鬼滅の刃・黒死牟こくしぼう継国巌勝つぎくにみちかつ批評×クィア男性学エッセイ×二次創作小説集Ⅱ』です。

前作『月魄最佳げっぱくさいか』に引き続き、吾峠呼世晴の大ヒット漫画『鬼滅の刃』の敵キャラ黒死牟を、クィアネスやフェミニズムの視点から読み解く批評エッセイ集になります。

『月魄最佳』未読でも楽しめるように作ります。『巌の轍』から『月魄最佳』に遡っていただくのでも大丈夫です。

『鬼滅の刃』のネタバレには一切配慮できませんのでご了承ください。本記事でも、試し読みパートでネタバレをしています。

 

『月魄最佳』に引き続き、批評エッセイと二次創作小説が入り乱れる胡乱な手法を採用しました。自主制作本ならではの自由さを生かして、「正統」な批評的発想力と「邪道」な二次創作的想像力の境界を問い直します。加えて『巌の轍』では、五七五や寄稿イラストなど、さらに多彩な手法を駆使して、黒死牟の加害と被害、生老病死、人生を総合的に検討します。表現の根本には、「男とはなにか」および「加害者として生きるとはどういうことか」という二つの問題意識があります。

男であることと、加害者であること。黒死牟というキャラクターの最重要要素はこの二点であると、わたしは解釈しています。これはわたし個人の問題意識とも強く重なったため、『月魄最佳』は28万字という大部になりました。新刊も、現時点で19万字を越えています。最終的な文字数は未定ですが、また迫力のある姿をお見せすることになると思います。 

 

 

www.infernalbunny.com

 

『月魄最佳』からの抜粋を、発言まとめメーカーで画像化してみました。

 

 

新刊の値段などは未定です。イベント終了後に通販を実施予定です。

 

 

3.新刊『巌の轍』目次

新刊の目次の一部です。

 

二次創作パート目次

壱の轍 師走 継国巌勝十九歳

弐の轍 睦月 継国巌勝二十歳

参の轍 弥生 継国巌勝二十歳

肆の轍 文月 継国巌勝二十歳

伍の轍 長月 継国巌勝二十歳

陸の轍 霜月 継国巌勝二十歳

漆の轍 卯月 継国巌勝二十一歳

捌の轍 illustration by みなも(地球飴)

仇の轍 水無月 継国巌勝二十一歳

拾の轍 師走 継国巌勝二十二歳

拾壱の轍 文月 継国巌勝二十三歳

 

零の轍 如月 継国巌勝十四歳

鬼殺隊 無限城戦・遺品処理記録 月柱継国巌勝の日記

 

etc.

 

散文・五七五パート目次

人肉食者のフード理論

産屋敷家当主というもう一人の「不具の兄」

継国巌勝という罪父、鬼舞辻無惨という毒父

継国兄弟のインティマシーを検討する

黒死牟との比較から読み解く大正柱①~⑨

私は黒死牟である

戦国風柱という100%嘘の補助線

男とはなにか

月魄災禍 被害者一覧──黒死牟の加害を可視化する

黒死牟心の俳句「腕ならば 鬼となったら また生える」──五七五で語る黒死牟

 

etc.

 

 

4.『巌の轍』本文試し読み

本文より、以下の章の一部を公開します。興味のある部分をご覧ください。

 

・序文

・黒死牟との比較から読み解く大正柱 ① 炎柱・煉獄杏寿郎

・参の轍 弥生 継国巌勝二十歳

・月魄災禍 被害者一覧──黒死牟の加害を可視化する

・黒死牟心の俳句「腕ならば 鬼となったら また生える」──五七五で語る黒死牟

 

 

序文

継国氏之国 領主

産屋敷家当主指揮下 鬼殺隊 月柱

鬼舞辻無惨指揮下 十二鬼月 上弦之壱

 

長男

 

 

侍 そして剣士であった

継国巌勝氏に本書を捧げる

 

散文パートサンプル 黒死牟との比較から読み解く大正柱 ① 炎柱・煉獄杏寿郎

 巌勝と同じく、名のある家の長男であり、弟を持つ兄。作中で黒死牟との絡みは皆無だが、その存在は実は、継国兄弟の描写を左右している。

 杏寿郎きょうじゅろうが主役を張る無限列車編は劇映画化もされており、人気のキャラクターであるが、死は意外と早く、単行本八巻。下弦の壱・魘夢えんむの猛攻から一般人二百名を守り抜き、次いで上弦の参・猗窩座あかざと激突し、正義の柱としてお手本のような大活躍をする。鬼殺隊士として、男として、あらゆる面で主人公・炭治郎の模範となるも、猗窩座に惜敗して堂々の殉職。杏寿郎対猗窩座戦は、炭治郎にとって(そして読者にとっても)初めて目の当たりにする上弦の鬼であり、初めて目の当たりにする柱の死であった。杏寿郎の勇姿は少年の心を燃やし励まし続け、以降炭治郎は杏寿郎の遺品の鍔を自らの日輪刀に装着して闘う。黒死牟を含めたほとんどの鬼は基本的に一回の戦闘で敗北して退場するのだが、猗窩座だけは無限列車編を生き延びており、最終的な決着は無限城編へと持ち越される。

 弟・千寿郎とは関係良好である。千寿郎は剣才に乏しく、鬼殺隊士の道は断念する。縁壱が千寿郎のような素直で可愛い凡才であれば、巌勝は黒死牟にはならなかったかもしれない。

 杏寿郎も巌勝も、経済的には裕福な成育環境であるが、母を早くに病で亡くしている。さらに、父性愛にも恵まれていない。彼らの父の所業は、それぞれの時代柄を考慮すると児童虐待とまでは言えないにせよ、少なくともマルトリートメントではあるだろう。父との関係が多分にトラウマティックであることは、両人のパーソナリティに影響を及ぼしている。しかし彼らがそれを自覚することはなかったであろう。杏寿郎も巌勝も、自分の生育環境を恵まれなかったと捉える余地をあらかじめ封じられているのである。

 杏寿郎の周囲には、伊黒小芭内いぐろおばない不死川実弥しなずがわさねみなど、もっと典型的な被虐待児がいる。彼らを前にして、父・槇寿郎しんじゅろうからの扱いを不当なものであると認知するのは無理な話であろう。そもそも鬼殺隊士の最もポピュラーな加入動機は、鬼に家族を殺されることである。冨岡義勇や胡蝶しのぶのように、愛する者が惨殺される凄惨な場面を目の当たりにしている者も多い。鬼殺隊に身を置く限りは、こと家族関係にかんして、杏寿郎が不遇感を抱く余地は到底なかったであろう。

 巌勝にしても、五、六歳にして父親には殴打され、父母の頻繁な大喧嘩は面前DVとも解釈できるが、傍らには忌み子として食事にすら差をつけられている縁壱がいるのである。弟のダイレクトな不遇を目の当たりにして育っている以上は、自分は恵まれていると自己認識せざるを得ない。聴覚障害者であると思われている弟を積極的に労る姿は、現代で言うヤングケアラーの苦境とも捉えられるが、もちろん巌勝にその自覚はなかっただろう。

 縁壱は文句なく被虐待児でありつつも、生涯通じて正義の剣士として善良に生きた。そんな双子の弟がいる以上は、黒死牟を悪事に走るのもやむなしの「泣ける過去」を持った同情すべきヴィランであると一義的に解釈するのは難しい。ヴィランとしての黒死牟の魅力と凄みは、単純な「泣ける過去」ゆえではないのである。黒死牟の加害者性・被害者性を正確に捉えるためには、縁壱の被害者性から派生させたり単純に反転させたりするのとはまたべつの、複雑な論理が要請されるのである。

 

[続きは本編へ]

 

 

二次創作パートサンプル 参の轍 弥生 継国巌勝二十歳

【あらすじ】

新人隊士として任務に出るようになって二カ月。巌勝は、風柱と初めての手合わせをし、酒を飲む。

 

本章から、巌勝にとっての重要な他者として、戦国風柱をクローズアップをしていく。本書は、鬼殺隊時代の継国巌勝の青春を考えるにあたって、継国縁壱との交流を重視しない立場を取っている。巌勝にとって縁壱は言うまでもなく最大の愛憎の相手であり、黒死牟としての四百年余の人生を合わせても最重要のキーパーソンである。しかし縁壱は、巌勝の精神的成長には必ずしも寄与していないのではないか。兄も弟も互いに相手に強固な幻想を抱いており、交流すれども変化を与え合うことができなかったのが、継国兄弟の哀切さであるとわたしは解釈している。

原作において、巌勝の鬼狩り時代の具体的な描写は皆無である。縁壱が巌勝の内面的変化に関与しないとなると、ほかに重要な他者の候補として考えられるのは戦国風柱しかいない。単行本第十九巻の黒死牟の台詞から、月柱と風柱は腕前を認め合った仲であったことが推測できる。本書ではこれをさらに拡大解釈し、戦国風柱を巌勝の友として造型していく。

 

戦国風柱の名は颯田さったと名付けた。原作には一切登場しない、すべてわたしの空想に拠るキャラクターである。本書は、一種のフェミニズム批評の要素を持ちながらも、二次創作小説との抱き合わせという非常に胡乱な形式を取っている。この胡乱さを最大限に活用し、颯田という補助線を借りて、巌勝のビルドゥングスロマンを詳しく想像していく。

 

=====

 

 弥生。満月が天頂に達する前の刻限に早々に鬼を討ち取って任務を終え、巌勝は日柱邸に帰還した。鎹鴉の星目ほしのめに、悪鬼討伐完了の報告を託して送り出す。

 辺りはまだ夜闇の暗さである。巌勝は軽く井戸を使って身体を清めると早々に床に就き、昼前に起きて飯を済ませると庭で鍛錬を始めた。本日は非番である。

 

 日柱邸に住んで五カ月、鬼殺の任務に出るようになって二月が過ぎていた。一人の任務でも、ほかの隊士と共同の任務でも、今のところすべてにおいて鬼は討ち取っている。二月で全集中の呼吸・常中を会得し三月で任務に出るというのは異例の早さらしく、皆が目を見張ったが、巌勝が勝ちたいのは鬼ではない。剣技にて超えたい目標がほかにいるのだから、鬼などに殺されるわけにはいかぬというだけの話である。

 刀を振っていると、次第に身体に汗が滲む。季節は、二十四節気にては啓蟄けいちつの頃合い。午後の陽射しは春の暖かさである。

 汗をかく季節は衣も汚れやすい。洗濯物が溜まっていたのを思い出した巌勝は、鍛錬を一段落させて井戸で喉を潤すと、灰汁桶を持って台所に向かった。

 竈から灰を集めて、灰汁を作る。灰汁に衣服の汚れを落とす作用があることは縁壱から教わった。日柱邸の下働きは炊事役の多恵たえしかいないので、ほかの家事は縁壱と分担している。縁壱は昨日から数日がかりの任務に出ており、しばらく帰らない。

 たらいと洗濯物を抱えて庭に出る。衣を広げ、灰汁をかけながら踏み洗いしていく。

 継国いえにいたころ、家政は当然に下働きの仕事であった。炊事も洗濯も掃除も、巌勝は日柱邸で初めて経験した。雑事を自らこなす暮らしは忙しく、面倒ではあるが、不思議と苦痛は少ない。剣鬼は、自分の生活のことを自分で決めることができる素直な喜びを、生まれて初めて味わっていた。

 薄色の麻の衣の襟に、黄色い垢汚れが目立っている。灰汁をかけながら擦り洗いしてやると、やがて落ちた。

 麻の着物を普段遣いすることは、この家に来てから覚えた。継国で着ていた衣は、多くは絹織物であった。手入れされた絹の衣が、籡張しんしばりの技法にて皺を伸ばされ、屋敷の内庭に干されていた光景を覚えている。清潔になった衣は香を薫きしめて片付けられる。もちろんすべて下働きたちの仕事である。まとめて染物屋に預けて洗わせることもある。

 最後の一枚のすすぎを終え、衣を庭に干していった。自分の衣の隣に、縁壱の衣が並ぶ。麻の衣は籡張りで固定することをせず、そのまま干すだけなので、春風に吹かれて翻る。

 

 身丈も目方も同じなのだから、衣の大きさも変わらない。それなのに、縁壱の身体がなす剣技と、おのれの身体がなす剣技は、いまだ天と地ほどに違うのだ。

 ともに暮らして、稽古をつけてもらうようになって約半年。差は、いまだ埋まる気配がない。

 

 衣を干し終えたところで、日柱邸の門に見知った顔が現れた。

「洗濯かァ。精が出るなあ」

「風柱様」

「下働きを置きゃいいのに、縁壱殿は本当に変わり者だよ」

 風柱の颯田は、巌勝の前に立った。

「あんたもお武家様の育ちなら、洗い物なんぞしたことなかっただろ。嫌じゃないのか」

「いえ、これも修行でありますれば。本来新参者は寮舎でともに暮らして、持ち回りで家事をする習い。私は最初から日柱様の屋敷にご厄介になっておりますが、私だけ家政を免れるのも不公平でしょう」

「ふぅん、お堅いことだな。下々の出の俺は、柱になって立派なお屋敷をもらって使用人を置く暮らしが嬉しくってしょうがないってのにな」

 颯田は、軒下にまとめて立てかけてある木刀に目をやった。

「これから鍛錬か」

「左様」

「付き合ってやろう」

「そのような、柱ともあろうお方の手を煩わせるには及びませぬ。手合わせなら、同輩の隊士ともしょっちゅうやっておりますゆえ」

「同輩ではもはや勝負にならんと聞いている」 

 颯田は木刀の一本を手に取って構えた。

「あんたはじきに柱になる男だ」

「……そうなれたらいいのですが」

「十四から七年も鬼狩りをやってる俺が言うんだから、間違いない。俺は強い奴が好きだぜ。来い」

 一応遠慮はしてみせたが、柱との手合わせは願ってもない修行の好機である。巌勝は礼を言うと木刀を構え、打ち込んでいった。

 

 しばし、刀と刀のぶつかる音だけが響く、濃密な刻が流れた。

 風柱が使う風の呼吸は、日の呼吸とはまた違った独特の荒々しさがある。攻めに長けた激しい斬り込みは、煉獄の炎の呼吸と手合わせしたときの感覚に近い。しかし炎の呼吸より手数が多く、苛烈な連撃と速度で押していく性質の技である。

「これでまだ、鬼狩りとなりて二月とは……末恐ろしいな」

 刀を振りながら、颯田は唇の端で笑った。

「左様、まだ二月の新参者にござる。まだまだ遠く及びませぬ」

「誰にだ。……日柱にか」

「日柱様は、鬼狩り最強の柱と聞き及んでおります」

「たしかに縁壱殿は一等強い。だがあんたも一年、いや半年以内には、柱に上がるだろう」

 颯田が間合いを詰めて振りかぶり、巌勝は横薙ぎに払う。

「……実兄ではありますが、そのようなご期待に添えるかは」

「縁壱殿の兄者だから言うのではない。こうしてあんたの剣を見て言っている」

 いつしか距離が縮まり、鍔迫り合いとなった。颯田の顔が間近に寄る。

「縁壱殿の剣が太陽なら、あんたはさながら月……太陽とはまた違うが、手強いことには違いない」

 迫り合いながら、颯田が足絡みを仕掛ける。巌勝は横跳びに躱す。風の呼吸は身体さばきも肝である。あらゆる角度からの振りの連続に耐える、柔軟な体幹が求められる。

 

 その後も激しく打ち合い、わずかな隙をついて颯田が巌勝の肩を打ったところで、手合わせは終いとなった。

 颯田は木刀を投げ捨てるように置くと、庭にごろりと寝転がった。

「ハァ、平の隊士の稽古なんぞに、初めて本気を出したぜ」

 巌勝を見上げながら、颯田は笑った。

「……お戯れを」

「ははっ、そりゃ本当の本気じゃあないが……しかしあんたはいずれ、俺に心底本気を出させるだろう」

 序列が上の者を見下ろすわけにもいかぬ。巌勝は迷った末、颯田の隣に同じように寝転がった。麻の衣は絹の衣と違って、汚れも落としやすい。

「では、早く本気を出していただけるよう、励みまする」

 打たれた肩が痛い。弥生の空が、目に沁み入るように青い。

「ああ、楽しみにしてるぜ」

 颯田はからりと笑った。快晴の青空に、薄い積雲が一つ二つ浮かんでいる。

「今日は俺の家で集まって、酒を飲む約束がある。煉獄も来る。あんたも来い」

「風柱様の屋敷でですか」

「そうだ」

「私のような新参者が、お邪魔してもよろしいので」

「かまわん。あと、風柱様と呼ぶのはやめろ。名前でいい」

「では、颯田様と」

「様も要らん」

「……では、颯田殿」

「それでいい」

 颯田は起き上がり、巌勝も起きて、ともに風柱邸へ向かった。

 

 颯田と、炎柱の煉獄と、五、六人の隊士も加わった、賑やかな酒宴であった。鬼狩りの宴席に加わるのは二度目か三度目である。

 隊士は、巌勝の同輩もいれば先達もいる。全員と語らった。酒を注ぐと、同じだけ注がれる。

 もはや席順もあってないようなものとなっている。巌勝の隣に、颯田がふらりとやってきて座った。

「いい飲みっぷりだな」

 そう言う颯田こそ、早々に顔を赤くしている。

「無作法を──酒が、美味なもので」

「そうかぁ? そんなに高い酒でもないが。お武家様が飲む銘柄のほうが高値に決まってるだろ」

「しかし、武家同士の連歌の会などでも、これほど美味な酒は出てこなかった」

 近隣の領主と和歌を詠む集まりでは、高級な部類の酒が振る舞われた。飲む必要があったから飲んだ。酒席という名のまつりごとである。

「連歌ァ? なんだそれ。侍の世界のことは俺にはわからん」

 颯田はもはや呂律も怪しい。

「そういえばよ、あんたが弟を日柱様と呼ぶのも、お武家様のこだわりか」

「……実弟とはいえ、私は新参者、あれは柱にございます。序列を乱すわけには参らぬ」

 剣鬼の矜持もまた、剣技にていまだ及ばぬ弟に親しげに馴れることを許さなかった。しかし縁壱は巌勝を常に兄上と呼ぶ。ほかの者の前ではせめて巌勝殿と呼んでくれぬと示しがつかぬとずいぶん粘ったが、聞き入れられなかった。

「はっ、お堅いことだ。それは人前でだけだろうな? 屋敷では名前で呼んでいるか?」

「……ええ」

「ならいい。立場の重い身とはいえ、兄者に隔てを置かれるのは、縁壱殿も寂しかろう」

「……」

「俺も、山を越えたところの村に弟が三人いる。歳が離れているから、たまに帰ると甘えられて面倒でかなわん」

「弟君は、おいくつで」

「上が十二、下が八と五だ」

「それは、可愛い盛りでございますな」

「うるさいだけだぞ」

「可愛がっておられるのは、お顔を見ればわかる」

 颯田は酒器から口を離して巌勝を見た。

「そんなにだらしのない顔をしているか、俺は」

「ええ、幼い弟君たちを慈しんでおられるのは、一目瞭然」

「ハッ。じゃああんたにもわかるだろう、兄を慕う弟の心が」

「……」

「縁壱殿は、あんたが来て変わった。元から優しく気のいい御仁ではあるのだが、なにせ口数が少なすぎる。木石の精かと皆思うていたところよ。しかしあんたが来てから、あれでも表情が動くようになったのだ」

「……」

「われらのこの稼業、明日の命も知れぬのだ。俺も、上の弟には、いつ俺がいなくなってもいいように言い聞かせてある。ともにあれるうちは、慈しんでやれ」

 言うと颯田は、巌勝の肩に頭をもたせかけて寝てしまった。

 

 呼びかけても揺すぶっても起きない。どうしたものかと思案していると、視界の端に朱色と黄色の髪が映った。

「よもやよもや! 相変わらず、さして酒に強くもない癖によく飲まれることだ!」

「煉獄殿」

 炎柱は颯田の肩を抱え上げて巌勝から離すと、そのまま部屋の隅に寝かせた。

「案ずることはない。寝かせておけばよいのです」

「かたじけない。助かり申した」

「なんの! 颯田殿はいつもこうなのだ。すぐ酔って寝てしまうが、酒精が抜けるのも早い。数刻で起きて、明日には何事もなかったかのように任務に出るだろう」

 煉獄は巌勝の隣に腰を下ろした。

 巌勝が最初に知り合った柱は煉獄であった。十余年離れて育った口数少ない兄弟を案じて、人のいい炎柱はなにくれとなく気遣ってくれる。妻子を鬼に殺された縁壱の過去も、煉獄からこっそり聞いた。

「楽しんでおられるか」

「ええ、お陰様で」

「鬼狩りでは武家の者も、農奴も、杣人も、もっと賤なる身分の者も、等しく交わる──きっと貴殿が知るような宴席とは違って喧しかろうが、慣れてくだされ」

「なんの。楽しゅうござる」

 本心であった。

「今日は縁壱殿が不在であるのが残念だが」

「そうでござるな」

 これは、本心ではない。縁壱などいないほうがよい。せっかくの酒が不味くなる。 

「双子とはいえ、この乱世の武家の男兄弟なのだ。甘い顔ばかりもしていられぬと、教わってこられただろう」

 巌勝の内心を見透かすような言葉に、酒器を口に運ぶ手を止めた。煉獄を見たが、他意はない様子である。

「……あれは、継国いえを出て育った理由を、煉獄殿に話しましたか」

「ほんの欠片ほどを。さほど詳しいことは聞いておらぬ──だが、大方の想像はつきまする」

「失礼──煉獄家も、武家のお家か」

「いえ、厳密には、世に言う武家のような奉公はしておりませんな。煉獄家は、代々産屋敷家に仕えて鬼狩りを営む家。私で二十一代目でござる。民草への表向きは、いわゆる武家の端くれということになっておりまするが」

「左様でござったか」

 産屋敷家は京の公家の末裔であると聞いている。であれば煉獄家は平安の世によくあった、貴人に仕える青侍の家系であろう。

 宴もたけなわであった。颯田のほかにも、畳で寝こける者が出はじめている。

 煉獄は大騒ぎの面々にちらりと目をやると、巌勝に向き直った。

「巌勝殿。わが炎柱邸は、ここからすぐ近くでござる。よければわが家で、二人で飲み直しませぬか」

「それは──」

 煉獄には妻と一男一女がいると聞いている。夜の急な訪いは迷惑ではないかと感ぜられたが、酒の美味さと、煉獄ともっと話してみたいという気持ちが、遠慮を退けた。

「では、お言葉に甘えて、お邪魔いたしまする」

 煉獄は快活に笑い、二人は風柱邸を出た。

 

 炎柱邸で夫とその後輩を出迎えた奥方の腹は、膨らんでいた。案内されるまま縁側に座り、酒を出してきた奥方が引き下がるのを待って、巌勝は詫びを述べた。

「奥方はご懐妊中であられたか。大変な折、このような夜更けに、失礼をした」

「お気遣い、痛み入りまする! そうでござるな、養生せねばならぬ頃合いだが、貴殿と話すのが楽しくて、つい連れてきてしまいました」

「今は六月むつきごろにございまするか」

「いかにも。秋には生まれよう。──腹の大きさだけで、よくおわかりになられるな。お家では、よき夫君であられたのでしょう」

 巌勝が元領主で、妻子があったことは皆に知られている。若殿の地位を捨てたのは、部下を鬼に殺された仇討ちのためということになっている。

「……どうでしょうな。いずれにせよ、結果が結果ですから、今は恨まれていることでしょう」

 巌勝は酒器を傾けた。縁側からは満月がよく見える。継国にいたころとは、なにもかもが違う生活。同じなのは夜空に見上げる月ばかりである。

「この世から悪鬼を滅殺することが、ひいては奥方やお子が生きる世界の安寧にも繋がるのだ。お子もきっと、長じればそれを理解してくれる。お子は何歳であらせられた?」

「家を出た時分には、上の太郎君たろうぎみは四、下の姫は一つに届かぬ歳でした」

「武家なれば、早くに継嗣をもうけねばならぬのでしたな」

「煉獄殿のお子はお幾つか」

「男子が六、女子が四にござる」

 巌勝より三つ四つ年嵩の男は、穏やかに語らう。

「煉獄殿とて、私とさして違わぬ歳で父君となっておられる」

「そうにござるな……煉獄家も、産屋敷家の御為、剣術を継ぐ嫡子は必ず作らねばならぬ。長男一人では心許ない。次の子は男子であってほしいものだ。女子はもう要らぬ」

「……ご子息は、もう剣を握る頃合いか」

「ええ、稽古をつけてやっております。先日は、初めてできた肉刺が裂けて、痛いと言って泣き止まぬので殴ってやりました」

 巌勝も、五つのころにはすでに肉刺をこしらえていた記憶がある。潰れては癒え、潰れては癒えを繰り返した肉刺は、剣士の手に急峻な剣胼胝を形成している。

「……人を相手にする戦よりもなお過酷な鬼討伐に、ご子息を送り出すのだ。父君としては、複雑でありましょう」

「ええ、だがこれが煉獄家に生まれた男子の宿命。耐えてもらうよりほかにはありませぬ。弱いままだと、鬼狩りになれたのはしょせん世襲と誹られて苦労するのはあの子自身でありますれば」

 煉獄とも、手合わせをしたことがある。煉獄の炎の呼吸は力強く、世襲によって鬼狩りになっているとは、言われぬと気づかなかったであろう。剣技にさえ長けるならあとはかまわぬといった風情の颯田とは違って、常に快活で人柄よろしく、全方位に優れた年長者として在り続けている煉獄の内心を思った。

 二人の男は、その後も言葉を交わしながら酒を飲んだ。

 

 鬼狩りとなったのは、煉獄は、生まれの家の宿命を果たさんがため。ほかの者は、多くは家族を鬼に殺された無念を晴らすため。あるいは、武に長けるが食い詰めて、生計を得るため。皆、それぞれの切なる事情で刀を握っている。縁壱も、妻子を喪った痛みを今も抱えているのだろう。

 私的な目標のために、家を捨ててまで鬼狩りとなったのは、巌勝だけである。贅沢者よと自嘲する声は、わが身のうちに聞こえなくもない。それでも、おのれの選んだ道を、おのれの業前のみを頼りに歩んでいく明朗な快楽は、春の夜風のごとく心地よく剣鬼を慰撫した。

 

 継国巌勝が異例の速さで柱を拝命し、月柱となるまであと三月。地位を捨て妻子を捨て、武魂を唯一の財産として家を出た嫡男は、二十歳の春を迎えていた。   [了]

 

 

散文パートサンプル 月魄災禍 被害者一覧──黒死牟の加害を可視化する

 黒死牟が四百年超の間に行ってきた加害を、第三者がまざまざと知覚するにはどうしたらよいか? まず思いつくのは、犠牲者の人となりを知ることである。人間が、まさしく人間であることを知るための、最も単純な手段だ。

 しかし、原作中に描かれていないものを知ることはできない。読者が知る黒死牟の犠牲者は、原作中で描かれるたった二名──時透無一郎と不死川玄弥──のみである。この二人以外の被害者は、顔も名前も人柄も、一切わからない。

 一切わからないのなら、せめて数を示すとしよう。

 仮に、一週間に一人殺したとする。殺人数は月四人、年間およそ四十八人。これに四百をかけると、単純計算で一万九千二百。

 一万九千二百人。これを仮に、黒死牟の殺害数としよう。

 

 これを踏まえて、以下が、黒死牟の罪の可視化である。すなわち、一万九千二百個の「氏名不明」と、末尾の「不死川玄弥」「時透無一郎」である。

 

~中略~

 

俳句パートサンプル 黒死牟心の俳句「腕ならば 鬼となったら また生える」──五七五で語る黒死牟

 

 

5.寄稿者紹介

サークル名「地球飴」のみなもさんに依頼し、3P漫画を寄稿していただけることになりました。すでに素敵なラフ画をいただいております。

 

https://xfolio.jp/portfolio/minamochikyuuame

www.pixiv.net

 

みなもさんとは文学フリマ東京41で出会い、わたしと同じく『鬼滅の刃』を材にして、二次創作的なものと批評的なものの境界を描く活動をされている方と知ることができました。他者の視点が入ることで、より重層的な解釈が可能になったと感じています。お楽しみに!

 


以上、よろしくお願いいたします。

 

まだ全然完成してません! 応援よろしくお願いいたします! あと転職先も募集してます!

万が一間に合わなくても次の次の文フリでは出したいです!

 

 

 

 

 




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