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どうも!オラ吐瀉夫!
にゃんこを愛し、にゃんこに愛されたい(と願う)ごく普通のサラリーマンです!
さて、僕のTwitter(現X)やこのブログでも、その圧倒的かわいさで度々登場している我が家の神、愛猫の「たいち」。早いもので、ついに6歳を迎えました。
日々「最高かわいい記録」を更新し続ける、まさに歩くパワースポット。天使。国宝。異論は認めん。

…と、冒頭から親バカがフルスロットルで申し訳ないのですが、そんな神であるたいちとの生活で、実は僕たち夫婦が頭を抱えている問題が山ほどあるんです。
それは…僕らの「育て方の間違い」によって定着してしまった、たいちの生活習慣。
はっきり言います。これは100%、我々飼い主の責任です。たいちに罪は一切ない。むしろ、僕らの無知と甘やかしが生んだ悲劇(喜劇?)なのです。
だけど…!これから猫を飼おうとしている方々、今まさに子猫を育てている方々に、僕らと同じ轍を踏んでほしくない!
というわけで今回は、未来の飼い主さんたちへの反面教師となるべく、僕の「しくじり子育て」を涙ながらに告白しようと思います。猫を飼う前に、ぜひ読んでいってください!
しくじり①:聖域(ケージ)からの早すぎる解放

見てくださいよ、この写真を。ペットショップから我が家にお迎えした当日、生後2ヶ月のたいち様です。
もう、存在が奇跡。あまりの尊さに、お迎え初日で僕の語彙力は「かわいい」と「ヤバい」の2つになりました。
もちろん、ケージも一緒に購入しました。ペットショップの店員さんからは「環境に慣れるまで、1週間はケージの中で過ごさせてあげてくださいね」と、それはもう丁寧に説明を受けました。
――にもかかわらず。
夜、「ミャー…ミャー…(出して…)」というか細い声で鳴くこの天使を前に、僕の理性は秒で崩壊。「もう今日から一緒に寝ゆ!!><」という世紀のワガママを発動し、即日解放してしまったのです。
その日から、立派な3段ケージはただの「トイレ置き場」と化しました。
この判断が、最初の、そして最大のしくじりだったのかもしれません。
そもそも、なぜ子猫を最初ケージに入れるべきなのか。それは、猫が安心できる「自分だけの縄張り(安全な場所)」を認識させてあげるため。また、トイレの場所を覚えさせたり、飼い主が目を離した隙の誤飲や事故を防いだりする重要な役割があったのです。
この大事なステップをすっ飛ばした結果、たいちは「狭いところに閉じ込められるのが大嫌い」な子に。動物病院に連れて行くキャリーバッグに入れるのも一苦労。完全に自業自得です。
しくじり②:自由という名の無法地帯(ジャングル)を創造

「完全室内飼いだし、運動不足になるのは可哀想だよね」
そんな親心(という名のただの甘やかし)から、僕らはたいちに家中どこでもフリーパスを与えていました。
その結果、食器棚の上は展望台に、冷蔵庫の上は昼寝スポットと化し、猫の身体能力を遺憾なく発揮するアスレチック場が完成。
天井の照明に猫パンチを繰り出し、グラグラ揺れる様を見ては「ヒエッ…」と肝を冷やす日々。キッチンに置いておいた人間の食べ物を失敬されることも一度や二度ではありませんでした。
現在は引っ越し、家具の配置を工夫して登れないようにしていますが、それでもキッチンなど入ってほしくない場所には「猫よけ」を置く始末。
猫を飼っているのに、猫よけを買う。この矛盾、もはや哲学ですよ。
本来であれば、登ってはいけない場所に登ろうとした瞬間に「ダメ!」と低い声で言い聞かせたり、霧吹きで水をシュッとかけたりして、「ここは嫌なことが起こる場所」と根気強く教えるべきでした。可愛いからって許しすぎた…。
しくじり③:神の勅命(要求鳴き)に屈し続けた結果

「ニャーン(訳:腹が減った)」
「ニャオーン(訳:撫でろ)」
「ナァーーー(訳:なんか暇だ)」
子猫時代のたいちの鳴き声は、僕らにとって神の勅命でした。
鳴けば飛んでいき、おやつを献上し、全身全霊でモフりたおす。これを繰り返した結果、たいちは一つの真理を学びます。
「鳴けば、人間は思い通りに動く」と。
これが「要求鳴き」の完成です。特に食事に関しては、鳴けばご飯がもらえると完全にインプットされてしまい、ご飯の時間以外でも絶えず要求してくるようになりました。
そして、その成れの果てが…これだ!

一時期は体重7キロを超え、獣医さんから「うーん、ぽっちゃりですねぇ…」と苦笑いされる始末。マンチカンってこんなに大きくなるの!?と驚きましたが、いや、僕らのせいです。
現在はダイエットに成功し6キロ台をキープしていますが、食事制限中の要求鳴きの激しさは、それはもう筆舌に尽くしがたいものでした…。心を鬼にして無視するべきだったんだ…ッ!
しくじり④:深夜の運動会と絶叫ライブを放置した罪
たいちの体内時計は、残念ながら僕ら人間とは同期していません。というか、同期させる努力を僕らが怠りました。
夜23時頃から謎のテンションになりはじめ、僕らが寝静まる深夜0時過ぎ、第一次猫-1グランプリが開幕。部屋から部屋へ、轟音と共に駆け抜けていきます。
さらに、電気が消えると夜行性の本能がフル覚醒。構ってもらえない寂しさと有り余るエネルギーが混ざり合い、「ナァァァァァ!!アォォォォン!!」という絶叫ライブがスタート。
深夜3時には「腹減ったぞ人間!」のモーニングコール(という名の要求鳴き)で叩き起こされることもザラ。僕の目の下のクマは、もはやたいちの飼育放棄によって刻まれた勲章です。
これも本来は、日中に猫じゃらしなどでたくさん遊んであげて、エネルギーを発散させて疲れさせ、人間の生活リズムに近づける努力が必要でした。はい、サボりました。ごめんなさい。
しくじり⑤:愛情過多が生んだ分離不安という名の重い鎖

たいちは人が大好きです。特に僕がいる部屋に常に付いて回り、トイレの中までストーキングしてくるほど。
可愛すぎるので大歓迎していたのですが、その結果、飼い主への依存度が高まりすぎて「分離不安症」のような症状が出てしまいました。
僕らが長時間家を空けると、トイレ以外で粗相をしてしまったり、帰宅するとずっと鳴き続けたり…。
そのため、我が家では泊まりがけの旅行は基本的にNG。一度だけペットホテルに預けた際は、迎えに行くと犬のようにハッハッと口呼吸をしており、よほどのストレスだったのだと胸が張り裂けそうになりました。
それ以来、たいちを置いて家を空けることはやめました。この「呪い」もまた、僕らが育てたもの。甘んじて受け入れようと覚悟を決めています。
まとめ:我が家の失敗から学ぶ!未来の飼い主さんへ
ここまで僕のしくじりだらけの猫育てを読んでいただき、ありがとうございました。
僕らの一連の失敗は、すべて「たいちが可愛すぎる」という一点から始まっています。愛情の裏返しだった、と言えば聞こえはいいかもしれません。
でも、「愛情」と「甘やかし」は違います。
正しい知識を持って、時には心を鬼にしてしつけをすることが、結果的に猫と人間の双方にとって、より快適で幸せな生活に繋がるのだと、6年経ってようやく痛感しています。
これから猫を飼う皆さん。どうか僕を反面教師にして、猫にとっても、あなたにとっても最高のニャン生をスタートさせてあげてください。
…まあ、色々後悔はありますけどね。
なんだかんだ言って、こんな生活もひっくるめて、うちのたいちが宇宙一可愛いんですけどね!!!(結論)