以下の内容はhttps://www.goshisato1973.info/entry/2021/12/14/181941より取得しました。


供花も弔文もやめたほうがいい

昨日、大学の旧教員の訃報が届きました。

 

破天荒なゴーシ先生でも
「佐藤先生は面白いね」
と認めてくれた先生だったので
心からご冥福をお祈りしました。

 

問題はその後です。

 

同窓会から
「供花を出すように」
「弔文を出すように」
という指示。

 

働き盛りの人が
貴重な時間を使って
供花、弔文を出す事務手続きをしていることを
故人が喜ぶんでしょうか?

まぁ、仮に故人が喜ぶとしても
その供花、弔文は見れないわけだし。

 

遺族は見れます。

では、遺族がどう思うかということです。

 

供花や弔文がたくさん届くと
「あ~うちの夫は人望があったんだ」
と喜ぶのかも知れません。

 

だけど
その弔文は定型句がほとんどです。

 

おんなじ文面が100通届いても
ゴーシ先生なら
「あ~。。。それくらいのもんだったか。。。」
ってなる。

 

むしろ心を込めたオリジナルの弔電が
一通でも届いたほうがうれしいかな。

 

人がなくなったから
同窓会として
供花、弔文
なんて思考停止の伝統、やめればいいのに。

 

というか
供花、弔文よりも
故人を偲んで
思いっきり昔話に花を咲かせるほうが
絶対に弔いになるはず。

 

ゴーシ先生が死んだら
そうしてね。

 

 

youtube、チャンネル登録、お願いします

 

ゴーシ先生のonline salon ←クリック

 

不定期8:00に配信、ゴーシ先生のLINE公式↓
友だち追加

この記事に、いいね!
と思った方は是非、読者登録を↓(blogを更新するとお知らせが届きます)




以上の内容はhttps://www.goshisato1973.info/entry/2021/12/14/181941より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14