
さんまを食べながら、ふと思い出した。
親父から教わった「魚の食い方」を。
私の親父は、これといって何かを教えてくれる人ではなかった。
わりと自由に生きていた人間で、私はその背中を見て育った。
特に言葉では何も言ってこなかったが、その背中は「好きなことやれ」「人の目は気にするな」「極めるまでやれ」というようなことを物語っていた。
でもひとつだけ、口酸っぱく言葉で教えてきたことがある。
それが「魚の食べ方」だ。
幼少時、お肉が食べられなかった私は、魚の方が好きだったし、得意だった。
そんな魚の食べ方は、かなり早い段階で「しつけられた」気がする。
親父流の魚の食べ方の最終的な状態は、「猫が食べたくらい綺麗に食え」というものだった。
それだけは絶対にブレることなく、とにかく「猫が食べ終えたくらい綺麗に食べ終えよ」というのがルールだった。
では、どのように綺麗に食べるのか。
身のほぐし方を教えてくれ……たのではなく、親父流はこうだ。
「骨でも内臓でも、食べられるところは全部食べろ」
さすがにアジやホッケの骨とかはゴツいので「絶対食べろ」とは言わなかったが、サンマくらいなら食っちまえというのが親父流。
こと魚に関してだけは、ストⅡの野生児「ブランカ」みたいなワイルドな育て方をされていた。
内臓なんて当然。
というか、内臓の味、私は好きだった。
幼稚園くらいの時から内臓モリモリ食べていたと思う。
親父が魚の食べ方にうるさかったのは、「将来、絶対に恥をかくことになるから」だとよく言っていた。
いろいろな食事のマナー的なことは、本当にうるさかった。
でも最も厳しかったのは魚の食べ方。
「頭と尻尾」ないし「頭と骨と尻尾」だけが残る状態、それが親父が「よし」と認める食べ方だった。
16歳になった時、お蕎麦屋さんでバイトを始めた。
まかない料理が出る。
夜の部のまかないは、お蕎麦ではなく、意外と普通のごはんだったりした。
ある時、焼き魚が出てきた。
いつもどおり普通に食べた。
バリバリと骨まで食べた。
そしたら若旦那が、
「豪は魚をキレイに食べるなぁ〜(ニコニコ)」
嬉しそうに私のことを眺めていた。
親父の予言、見事に的中。
親父のおかげで、若旦那からも気に入られることができた。
それ以降も、私は自信をもって魚を食べた。
骨もボリボリ、むしゃむしゃ食べた。
栄養的にも良いと思うし、結果的にも美しい。
今日のサンマは、骨まで食べるガッツは残ってなかったけども、
どうだろう親父、合格かね?
もうちょっと胸元のところ、キレイに食べた方が良かったかな。
ちなみに、おじいちゃんも魚の食べ方・ほぐし方はプロ並みだった。
特に正月の「鯛」なんてすごかった。
まるでプラモを分解するように、次から次へと「食べられるところ」をほぐしてくれる。
親父の魚の食べ方は、おじいちゃんゆずりなのかもしれない。
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