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最近、人と話すのが億劫になってきた



おはようございます。

今朝はまた冬帰り。

寒いです。

ただ、昼間は気温が上がるとか。

菜種も満開とのこと。

春はもうすぐそこまでやってきています。

 

 

そんな中、最近、人と話すのが億劫になってきた私。

特定の誰かが嫌なわけではありません。

全般的に、会話そのものが少し重たい。

 


以前は当たり前にできていた雑談や相づちが、

今はどこか消耗する行為に感じられる。

気を使い、空気を読み、話を広げる。

それを「もうやらなくていいんじゃないか」と思う自分がいます。


年齢のせいか、性格が変わったのか。

そう考えてみたけれど、どうも違う気がする。


おそらくこれは、

無理をして人に合わせる時期を終えたというだけの話なのかも。

会話が「消耗」になるということ

人と話すというのは、思っている以上にエネルギーを使う。

相手に合わせ、反応を気にし、言葉を選ぶ。

長年それを続けてきた人ほど、

ある時ふっと「もういいかな」と感じる瞬間が来る。


それは怠けでも、後ろ向きでもない。

単に、余力の使い方が変わっただけだ。

 

それでも、少し寂しい

 

ただ、正直に言うと、

「人と話さなくて楽」だけではない。

少し、寂しい。

誰かと深く語り合いたいわけでも、

頻繁に連絡を取りたいわけでもない。

恋しいのは、

無理をしなくてもつながっていた感じなのだと思う。


話さなくても気まずくならない関係。

沈黙が苦にならない時間。

そういうものが、今は少し遠い。

今の自分に合う距離感

だからといって、

無理に社交的に戻る必要はない。


・挨拶だけで十分

・用件だけで終わらせていい

・話したくない日は話さなくていい


人と距離を取ることは、

人を拒絶することではない。


今は「量」より「静けさ」を選ぶ時期なのだと思う。

寂しさは、悪いものじゃない

寂しいと感じることを、

早く消そうとしなくていい。


それは、人とのつながりを

まだ大切に思えている証拠でもある。


何も感じなくなるより、

ずっと健全だ。


人と話すのが億劫になる。

それでも、少し寂しい。


その両方が同時にある今の状態は、

人生のどこかで誰にでも訪れる、

とても人間らしい季節なのかもしれない。

 


静かに過ごしながら、

また話したくなったら、その時に話せばいい。


今はただ、

この距離感をそのまま受け入れてみようと思う。

 

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