「老後の楽しみは何ですか?」
そんな質問をされると、少しだけ困ってしまう。
大きな夢や、華やかな趣味を答えないといけない気がして。
でも正直に言えば、
これといって特別なものは思い浮かばない。
若い頃は、
老後とは「何かを始める時期」だと思っていた。
旅行、趣味、交友関係。
時間ができたら、やりたいことが山ほどあるはずだと。
ところが、いざ年齢を重ねてみると、
楽しみは“足すこと”より“減らすこと”に近づいてきた。
朝、目覚ましをかけなくてもいい。
今日は何時に起きても構わない。
それだけで、心がずいぶん軽くなる。
急がなくていい。
誰かに合わせなくていい。
これだけで、十分に贅沢だ。
散歩に出て、季節の空気を吸う。
昨日と同じ道なのに、少し違って見える。

特別な出来事はないけれど、
「今日も無事だったな」と思える。
昔なら退屈だと感じていた時間が、
今は安心に変わっている。
旅も同じだ。
遠くへ行かなくてもいい。
短い日程でも構わない。
行って、撮って、帰って、
あとから写真を見返し、文章にする。
旅は移動距離より、
余韻の長さを楽しむものになった。
人との付き合いも、ずいぶん変わった。
無理に会わなくていい。
話したい時だけ話せばいい。
一人でいる時間が増えたけれど、
それを「寂しい」とはあまり思わなくなった。
静かな時間が、ちゃんと自分のものになっている。
もう、頑張らなくていい。
誰かに評価されなくていい。
それでも、
「今日の文章は悪くなかったな」
「この写真は気に入ったな」
そんなふうに、
自分で自分を認められれば、それでいい。
老後の楽しみとは、
何かを新しく始めることではなく、
何をしなくてよくなったかを、
静かに味わうことなのかもしれない。
そう考えると、
老後の楽しみは、もう始まっている気がします。