「記事ストックも無いし、休日だし、思考したことを気軽に書こう」と思って迂闊に"宗教"の話を書き始めてしまったため、そちらの記事は一度寝かせて考え直すことにしました。
書きながら途中で薄々感じてはいましたが、気軽にネットの海へ放っていいテーマじゃないです、はい。政治と宗教と野球の話は大人として気を遣わねばなりません。
野球と言えばWBCが残念な結果になってしまいましたが、Netflixの登録をしていないため見れませんでした。
うちの会社の野球大好きおじさん達は「WBCのためだけに一か月だけ登録した、終わり次第即座に解約する」とフットワーク軽く登録していたのを覚えています。私はWBCのために登録するほどのモチベーションは無かったです。
ストレス残量
意思決定力の分配はよくビジネスで謳われる概念です。
例えばスティーブ・ジョブスがいつも同じ服装だったのは「意思決定の回数を減らし、精神的エネルギーを重要な仕事に集中させるため」と言われているように、意志決定力には残量があって分配が必要だとした概念は一般的かと思います。
それに対して、個人的には逆側の捉え方、ストレス耐性にも残量があると認識しています。意思決定力に残量や変動幅があるように、ストレス状況にどれだけ耐えられるかにも残量や変動幅がある、そういった捉え方です。
まあ難しい話ではなく、同じことを反対側の側面から見ているだけです。
仕事で疲れてしんどい時とかに、何か重要な意思決定をしたり難しいことを考えるのは大変じゃないですか。それは使えるストレス耐性をすでに使い果たしてしまっている状態だと捉えます。
言うなれば「ストレスに耐えられる残量」です。何かうまい言葉で定型化できるといいのですが。
どれだけストレスに耐えられるかは個人差がありますし、体調などによっても変動するものです。
よって個々人で上手いことコントロールする必要があります。些細なマイルールを止めてストレスの消費量を減らしたり、日々のちょっとしたストレス源を解消することが肝要です。
私もなんだかんだ日々いっぱいいっぱいで生きていますので、「Netflixに一か月だけ登録して後で解約する」なんて些細な意思決定・ストレスですら避けたいと思って、今回は登録しませんでした。
他者からすれば、そして当人からしても、本当に些細なストレス源に過ぎませんが、そういった細かいストレスの節約こそが意外と重要だと思っています。
結言
敷衍すると、人間はマイルールを作ってそれから外れた状況にストレスを感じる生き物であり、マイルールを壊すことがストレスを減らすために有効だと言う話になるのですが、今日はそこまで押し広げて話すのは止めておきましょう。
「ミクロなトピックから構造的なマクロの話」をしたがるのがこのブログの特徴であり私のマイルールです。それを毎回無理に堅持しようとするとストレスになってしまいますので、今日は書きたいように書いて終わります。今日はストレスに耐えられる残量の不足を感じるため、これも一種の自己管理です。
そのうち別の記事で真面目にまとめてみることにしましょう。
まあ、率直な話、冒頭で述べたように、「宗教」関連の事を思索せざるをえないイベントがあったので、それで疲れています。
どうにも、人付き合いは大変だと感じる次第です。