なんででしょうね?
根本的な違い
「三大欲求に"性欲”を入れているのは日本だけ、海外では違う、日本はおかしい」
とした意見を見かけました。
一瞬得心しかけましたが、よくよく考えると海外では「三大〇〇」で分類する習慣がありませんので、”性欲”どころか”食欲”や”睡眠欲”だって入っていません。そもそも三大欲求という箱自体が無いのですから。
日本人は「三大〇〇」が大好きですが、これはかなり特徴的な文化ミームであり、海外では通じないことに注意が必要です。日本のありとあらゆる分野で「三大〇〇」があるのはとてもミーム的で、しかし日本限定の文化ミームとなります。
「世界三大美女」だって海外では基本的に通じません。
ちなみに、今回は「三大〇〇」の文化ミームについて思索しますが、一応念のため補足を。
日本の三大欲求に相当する区分で言うと、例えばマズローの欲求階層における根源的な生理的欲求は「空気、水、食料、熱、衣服、生殖、住居、睡眠」、心理学的な一次的欲求では「飢え、渇き、睡眠、体温調節、苦痛回避、排泄、繁殖、呼吸」などが挙げられていますので、人間の基本的な欲求に”性欲”が入っているのは別に不思議なことではありません。
分類の好み
海外では物事を「体系的」に分類することが一般的です。
欲求についても一次的欲求・二次的欲求など構造的な体系を構築しています。そしてその中に入る要素数は固定的ではありません。
対して日本はどちらかと言えば有界集合による分類を好みます。「三大〇〇」に限らず、「御三家」「四天王」「五大」「八景」「十大」など、まずは範囲を事前に定義して、その中に要素を入れ込むことが一般的です。
これは日本がハイコンテクスト文化であることが理由の一つでしょう。
異文化マネジメントの学者先生が述べるように、日本文化は他所の文化と比較して明確にハイコンテクストであり、言葉で明確にするよりも暗黙的・共有的・状況的なコミュニケーションが行われています。空気を読み、文脈を読み、行間を読む文化です。
そのようなハイコンテクスト文化ではコミュニケーションの発散を避けるため事前に範囲と枠組みを決めることが多くなります。
つまり「三大〇〇」は共通認識である枠組みの、典型的な一つです。
「三大〇〇」の文化ミームに関する分析
日本の「三大〇〇」を文化ミームとして分析した学術的な研究は残念ながら見つけられなかったので、独自研究で考えてみます。
「三大〇〇」の効能、これはランキングを偽装した多元主義だと言えるでしょう。
「これが最高だ!」「トップ10はこの順だ!」と言うよりも、「この3つがそれぞれ素晴らしいです!」とすることは、対面を保ち、威信を分配し、ゼロサム的な比較を上手く避ける効果が見込めます。
日本人は露骨な比較や争いを嫌いますが、名誉や名声を求めないわけではありません。この二律背反を上手いこと昇華しているのが「三大〇〇」のような有界集合です。
排除されたものを辱めることなく調和を保ち、直接的な競争や混乱無しに地域や関係者に誇りを与えるツールであり、実に日本的な解決策だと言えます。
均一性と多様性のバランスも良く、同質性を好みつつも個人主義的である日本の文化的嗜好に沿ってもいるでしょう。
「三大〇〇」は同じカテゴリーであり、しかし違いがあります。厳格な権威を必要とせずに秩序感や統一感を生み出しており、汎用性の高い区分です。
また、非常にソフトな合意形成メカニズムとも言えます。
3つであれば変化と議論の余地が残っています。何より、メディアや観光、出版や人々の会話において争いや対立を生まずちょうどいい"合意と話題のフック"として機能する、程よく柔らかいフレームです。
さらには神話的・歴史的な事柄も背景にあることが考えられます。
3つは覚えやすい小ささでありながら権威を感じられる大きさであり、三種の神器を筆頭に、古くから権威を表現するうえで親しまれてきたテンプレートです。
3は認知的にも美的にも最適です。
1つだと狭すぎますし、2つだと二元論過ぎます。
4つ以上は多すぎて覚えにくいし語りにくいです。
3つが一番バランスが取れていて、記憶にも残りやすく、レトリックとして満足しやすくなります。
何より、減らすことは難しいですが増やすことは簡単です。
つまり足りなければ「五大」「十大」と増やせばいいため、3は最小規模のセットとして汎用性が高いと言えるでしょう。
最後に、このような文化ミームは遊びの一種としても捉えられます。
ネットオタクがネットミームを使ってやり取りをして遊ぶように、日本人は文化ミームとなった「三大〇〇」で遊んでいます。
どの3つが属するかを議論したり、新しい「三大〇〇」を考えたり、真に権威ある伝承のように扱ってみたりと、「三大〇〇」は同じ文化コンテクストを共有した集団内での定型であり、ハイコンテクスト文化圏に住む人々の一種の国民的娯楽だと言えるでしょう。
結言
制限された有界集合の範囲で、技巧を凝らし、捏ね繰り回すことを楽しむ。
ちょうどいい大きさで、争いは避けつつも名誉はある。
要するに「三大〇〇」は盆栽のようなものです。
そう考えると、なんとなく日本らしい文化ミームだとした想像も、しっくりくるのではないでしょうか。