非情さのベクトルに関しての辛辣な見解。
現実的な紛争の解決策
先日、パレスチナ問題の解決策としてガザ地区から住人を移住させる計画があること、そして日本語圏ではあまり見かけませんが海外では国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)にも批判があることを紹介する記事を書きました。
その後のニュースを眺めていると、アメリカは周辺諸国や日本を含めた諸外国へ難民の受け入れを打診しており、それらのニュースに対する日本語圏のリアクションを観測してみると反対意見が多数のようです。
気持ちは分かります。ガザ地区からの移住はイスラエルの利となり勝者の横暴を許す形となりますので理想論としてはそれを避けたほうが望ましいでしょう。また、これを許すのであればロシアの侵略も肯定することになるとした見解には一理あります。
ただ、ロシア・ウクライナとの対比はあまり有効ではなく、現実には状況が異なります。ウクライナはまだ抵抗するだけの能力を保有しているのに対して、パレスチナにはそういった能力が残っていません。まだその場に立てるものを支援することと、もはや立てなくなったものをむりやり立たせることは意味合いが別です。
故郷を捨てて移住させることはたしかに非情です。
しかしながら、可哀そうだからなんとか故郷に居続けさせようとする善意は現状を改変する行動が伴わない限り「そのままそこで死に続けろ」と言っているに等しく、個人的には同程度に非情ではないかと考えています。
日本は紛争当事国となった経験があまり無いことから現実的な紛争解決策を模索することに長けていませんが、中途半端な支援が紛争の長期化・激化をもたらした過去の歴史を国際社会は学んでいます。紛争を早期に止めるためには当事者を引き剥がすか一方に肩入れしてもう一方を徹底的に打ちのめす他ありません。
これは殴り合いの喧嘩と同じです。羽交い絞めにしてでもとにかく引き離すか、殴り合いに参戦して片方を倒すことが必要であり、仲裁なり話し合いなりはまず暴力を抑え込んで以降となります。火事が起きたら出火原因を調べる前にまずは鎮火しなければならないように、紛争や喧嘩もまずは暴力を止めることが最優先です。
その点からして、ガザ地区から移住させない選択は露悪的で大変申し訳ないですがボコボコに殴られて失神しかけている人をむりやり喧嘩の場に立たせようとしているに等しく、非情な発想に他ならないと考えます。
正しさを追求することは正しい行為ですが、その間に失われる命のことは見て見ぬふりすべきではないでしょう。どちらが悪い、どちらが正しいはひとまず後で、まずは倒れている人を安全な場所まで引き摺っていって救助する、これが移住を推し進める発想の企図です。
まとめると、パレスチナ問題に対してパレスチナの側に立つのであれば3つのやり方があります。
一つはパレスチナへの物資支援。彼らが闘争を続けられるように様々な支援をもたらすことであり、UNRWAが以前からやってきた方法です。
一つはイスラエルへの軍事進攻。ロシアにせよイスラエルにせよ外交・経済ルートでの締め付けを想定して軍事力を行使している以上、それを止めるためには同程度以上の軍事力を投射して打ち負かすことが必要です。
一つはパレスチナからの移住。目下の闘争で生命が失われることを避けるためにまずは紛争それそのものの鎮火を目指すことも選択肢となります。
これらのうち、移住が最も血が流れず生命を救うことに繋がるのではないかと私は愚考します。なお、第三国への移住は国連難民高等弁務官事務所が難民支援として実行している主な方策の1つであり、難民への国際的な救援として移住はむしろ王道です。
結言
前回の記事でも述べたようにこれは個々人の趣味や思想に関連する課題であり、たいへんに難しい問題です。
「理想のためならば命も惜しくない」人と「命のためならば理想も惜しくない」人は相いれません。
同様に「悪人であれば暴力を振るっても許す」人と「悪人であっても暴力は許さない」人も噛み合うことはありません。
私はどちらも後者の人間ですのでなにより命の保護と暴力を止めるために移住が一つの現実解だと考えますが、それに必ずしも同意が得られないことも承知しています。
もちろん故郷や聖地を捨てさせることは間違いなく非情で残酷な方法に他なりません。ただ、現実的な解決策を支持せず理想のために他者の命をチップとする行為も、同程度に非情で残酷ではないかと思っています。たとえいずれイスラエルに正義の鉄槌を振り下ろし血の対価を支払わせるのだとしても、それまでに失われるパレスチナ人の命を不可視化することは残酷さの一つです。
残念ながら紛争を解決するための残酷ではない選択肢を人類はまだ発明できておらず、どの残酷さを選ぶかが問題となります。
余談
移住案を「民族浄化に他ならない」と煽るようなニュースメディアまで見かけました。難民の第三国への定住を唯一の安全で実現可能な恒久的な解決策として拡大努力を続けている国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の活動を知らないのかもしれませんし、「実は国連が民族浄化を進めているんだ」と語りたい過激派なのかもしれませんが、いずれにせよ命を救うために現実の努力をしている人々を空想で批判するような仕草、自らの残酷さへの無自覚はあまり好みではありません。