珍しく時事問題について直接取り上げてみましょう。
先日、アメリカ大統領がパレスチナ問題の解決策としてガザ地区を「一掃する」計画を提案したことがニュースになりました。
これに対して思った以上に感情的な意見や批判が飛び交っているのを見かけました。
まあ気持ちは分かるのですが、一応こういった意見は特別突飛なものではなく昔からあることを紹介してみたいと思います。
紛争を終わらせること
日本語圏ではほぼ見かけませんが、海外ではパレスチナ問題に対処しているUNRWA(国際連合パレスチナ難民救済事業機関)に対していくつかの批判が存在します。
その一つが「UNRWAが紛争を永続させる役割を果たしている」としたものです。
パレスチナを除く他全ての難民問題へ対処しているUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は難民ができるだけ早く生活を再開できるよう支援することを任務として、難民が紛争地から逃れた先で迅速に定住できるよう取り組んでいます。UNRWAはその真逆として、パレスチナへ難民を留め置いています。
UNRWAのように難民へ生活基盤を持たせず国際社会からの支援にのみ頼らせることは難民の永続化になりかねず、その場へ留め置くことは停戦の目を潰して紛争が継続されることになり憎悪の再生産になってしまう、紛争を解消するためにはUNHCRのように一度引き離して生活基盤を整えることが優先されるべきだ、批判の骨子はこのような発想です。
これは非情で現実主義的な方法論であり、特に土地へ親しみ定住を好む日本人からすればあまり受け入れがたい見解かと思います。ただ、実際にUNHCRが難民の移住と生活基盤の再構築によって紛争の解消に繋がる実績を上げていることは事実であり、異なる手法を持って紛争の解決に至っていないUNRWAが批判を受けるのは止むを得ないことかもしれません。
このような論陣の代表例を日本語で読むのであれば、エドワード・ルトワックの著書『戦争にチャンスを与えよ』が最適かと思います。
これは極めて刺激的で、非情にマキャベリズム的で、読む人によっては不快すら感じるであろう本ですが、紛争を解決するための徹底的な現実論を提示しており、UNRWAについても上記のような批判を行っています。一度も見たことの無い故郷を取り戻すために若者へ希望を与えて過激派のメンバーになる手伝いをパレスチナでしているのはUNRWAそのものであるとした批判は、人道的支援のような人々の善意に対して辛辣で毒のある見解であるものの、残念ながらある種の側面として正鵠を射ていると言えるでしょう。
ルトワックはアメリカのシンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)の上級顧問です。CSISは国家安全保障に関して世界でトップの評価を受ける超党派のシンクタンクであり、すなわちこのような現実主義的見解が存在していて一定の支持を受けていること自体は留意しておく必要があります。ルトワックに限らずCSISはUNRWAへの批判を幾度もしてきていますし、それはCSISのみに限定された見解ではありません。
トランプ大統領のガザ「一掃」計画は、まさしくこのような発想の系譜から出てきたものであり、彼の独創性は特にありません。元々各所で述べられていた方向性の一つに過ぎないものです。
結言
なにもルトワックやCSISやトランプ大統領の方向性に共感や同意をする必要はありませんが、アナーキーな国際社会において話し合いは紛争を止めた後でなければ成り立たず、実際問題として国際社会は「理想よりも人命を優先する」か「人命よりも理想を優先する」かの二択を選ぶ必要があります。
どちらが正しいわけでもなくむしろ正義や悪といった概念は排除すべきではありますが、UNHCRは前者で実績を上げており、UNRWAは後者で効果を上げていないことも事実であることは認識が必要です。
余談
これは最終的には個々人の趣味や思想に依拠する課題であり、とても難しい問題です。
日本であれば災害での論争における「避難民の移住」が主題の類似した分かりやすい事例だと言えそうです。「とにかく土地を捨てさせてでも彼らを都会へ避難させて命を助ける」ことと「たとえ厳しい道のりになろうとも彼らが土地を捨てないで済むようにする」ことは必ず議論の俎上に上がります。構図としては難民問題とほぼ同じかと思います。
こればかりは個々人が何を優先するかの思想的な差異であり、どちらが正しいわけでもなく、都度都度議論されて効果を検討し、時と場合に応じて調整する必要がある事柄でしょう。