政治に求めるもの。
民主主義にも存在する独裁官
近年、各国でトップの延長論が様々出ています。
少し前であれば安倍総裁の任期延長や習近平主席の任期制限撤廃、プーチン大統領の任期延長改憲などが代表的で、現在はアメリカでトランプ大統領の3選を可能にする法律案が議論となっています。
世界の不安定化が続く中でこのような論陣が起立するのは自然な現象です。
それこそ独裁者を嫌い最高権力者の執政官ですら定期的に交代していた共和制ローマであっても国家存亡に関わる非常事態においては執政官を超える役職としてのディクタトル(独裁官)を任命して難事へ対応していたようにです。
民主的な意志決定はその他の政治体制に比べれば民衆に望ましいものであり、しかし残念ながら意思決定速度に時間が掛かることから平時にしか適応できない弱点があります。
しかし混乱の荒波へと立ち向かうためには皆で一致団結する必要があり、そのためには人気と指導力のある強力なリーダーを据え置くことが必要になることから、民主主義の国民は必要に応じて独裁者を指名する権利を持っており、それもまた一種の民主です。
延長は論外
ただ、近年における任期延長は共和制ローマの独裁官とはいささか趣きが異なります。
乱世への対応として強固なリーダーを担ぐことは同様ですが、独裁的リーダーを担ぐことを決めた後に独裁者を選定するのではなく先に人物が決定していること、そして独裁的リーダーの制約条件に関する議論が存在していないことが異なる点です。
先に独裁官の枠組みと権限が決まっており必要に応じてそこへ人を配置することと、先に人が決まっておりその人へ独裁的権限を渡すことではまったくもって意味合いが異なるでしょう。後者はまさしくただの独裁者に成り果てる道であり、少なくとも民主主義国家としては拒絶しなければならない存在です。
率直に言いますが、人が先にある場合の任期延長は独裁官ではなくただの派閥の維持が目的に過ぎません。
冒頭で述べた事例の全てがそうです。その派閥がその人物を担ぎ上げていなければ勝てないから長く担げるようにしたいだけであり、まったくもって長期的な視点が不足していると言わざるを得ません。
政治家や官僚というものは目先のことだけでなく国家百年の計を巡らして一樹百穫を志さなければならないと考えます。目先の政争、目先の選挙しか見えていないから勝てる人物を担ぎ上げたいと思うのであり、本当にやらなければならないことは次世代の育成です。その人物が任期を終えて降りる時までに次の優れた後継者を育て上げておくことこそが政治家集団の仕事であり、いつまでも同じ神輿を担ごうとするのはその自信がないからに他ならないでしょう。
そして人を育てられない集団が国家百年の計を実現できるとは到底思えません。
結言
よって私はいかなる理由であろうとも現時点でのリーダーの任期延長策に対しては否定的です。せめて任期延長の法案を作った後、その後の選挙で選ばれた人から適用されるべきだと考えます。
安易に現任者の任期延長を語る政治家は、正直なところ私としては著しく評価を下げざるをえません。