日本は「戦争を放棄している」とされています。
しかし、よくよく考えてみると「戦争を放棄する」とはどういった意味なのでしょう?
戦争の捉え方
あちらこちらでそこそこ見かける表現である「戦争を放棄」について、そもそも「戦争」をどう捉えているかが人によって違いがあるように思います。
言うなれば、戦争を動的なものとみるか静的なものとみるか、動詞として捉えているか名詞として捉えているか、もっと言えばaction(行動)として考えるかevent/state(状態)と考えるかの違いです。
私は辞書的に戦争を名詞として捉えており、そのため戦争とはevent/state(状態)に属するものだと考えています。英語で戦争を始めることをgo to warと言うように、warとはそれ単体が動詞とはならず、向かっていく先の状態を指す捉え方です。
戦争の対義語は平和とは必ずしも言えないとはいえ、慣用的には実感しやすいかと思いますので戦争と平和を対義語として扱ってみた場合、やはり平和もevent/state(状態)に属する概念でしょう。「平和をする」のではなく、何かしらの行動によって「平和な状態になる」と考えることが妥当です。同様に、戦争も攻撃などの行動によって「戦争の状態になる」と捉えることが妥当なように思えます。
そのように捉える人間からすると、「戦争を放棄する」は今一つ腑に落ちない表現です。この表現では戦争をaction(行動)として取り扱っているようにも思えます。「そのような状態へならないよう適切な行動を取る」と示すのであれば分かりますが、状態を放棄することは不可能です。
「戦争を放棄するといっても、自衛戦争まで放棄するのか」とした議論が世論を賑わせるのは、この表現による誤解があるのかもしれません。
なにより戦争とはどこかのプレイヤー(国)のaction(行動)によって生じるevent/state(状態)であり、それこそどこかの国が侵略を仕掛けたならば侵略された国が抵抗しようがしまいがそれは戦争状態に他なりません。極論、現在も進行中の2023年パレスチナ・イスラエル戦争において、「ハマスは戦争主体だがパレスチナとしては抵抗していない、よってこれは片一方の攻撃に過ぎず戦争ではない」なんて理屈は成り立たないようにです。
そのような考え方からすればevent/state(状態)である「戦争を放棄する」はやはり曖昧な表現であり、action(行動)の抑制として「武力行使を放棄する」としたほうが分かりやすいような気がします。
event/state(状態)として捉える場合の例え話
交通事故で例えてみると分かりやすいかもしれません。
交通事故も同様にevent/state(状態)に属する言葉であり、さらに言えば戦争と同様に避けるべき状態です。
しかし「交通事故を放棄する」とすると、言いたいことは分からなくもありませんが、恐らく意味が通らないかと思います。「交通事故を起こさないために車へ乗らない」など、何かしらのaction(行動)を示してその結果として交通事故を避けるのであれば理解できますが、交通事故それ自体は状態であり、放棄しようがありません。
また、いくら自分が気を付けていたとしても他者の不注意や機械的トラブルがある以上、「交通事故の状態」を完全に無くすことはできません。
戦争も同様に、状態そのものは放棄できない以上、状態の放棄を謳うのではなく、私たちが「戦争という状態へ陥らないようどういった行動を取るか」こそをスローガンとするほうが良いのではないかと考えます。
それこそ、憲法にあるように「国際紛争の解決手段としての武力行使の放棄」であれば行動指針としてはっきり明確です。
結言
もちろん私は戦争を肯定的に捉えるつもりなど毛頭なく、戦争を避けるためにあらゆる手を尽くすべきだと考えています。
逆に言えば、あらゆる手を尽くして戦争というevent/state(状態)を避けることを重視しているため、戦争をaction(行動)だと捉えている人からすれば見解がすれ違ってしまうかもしれません。