そう言えば、10月です。
つまり今年度の頭に首都圏の外れにあった事業所の技術部から東京本社の企画部へ異動してから半年が経ちました。
あっという間、とはまったく感じない程度には濃密な生活環境の変化でしたが、一つの区切りとして感想を述べてみましょう。
まあ、要するに雑談です。
通勤
学校は自転車で通学、就職後は車で通勤をしており電車にはほどほど縁のない人生を送ってきた人間のため、東京で電車通勤なんて絶対無理だと思っていましたが、意外と適応できたような気がします。
もちろん異動当初は片道1時間半も掛かっていたのでしんどかったですが、今は東京へ引っ越しをしてドアtoドアで30分強ですので楽なものです。
昔から電車に馴染みのない生活をしてきたせいで最初の頃はよく乗り降りを間違えていたものの、今はもう時間感覚を掴んだので何も見なくても通勤できます。
・・・と思っていましたが、先日の帰宅中も見事なまでに乗り過ごしました。
電車内でブログを書いていたら集中し過ぎてしまったのかアナウンスに気付かず、3駅ほど乗り過ごしました、結構ガッツリです。寝ていたわけでもないのにここまで乗り過ごせる集中力はある意味で凄いのではないでしょうか、と自画自賛してみます。
仕事
大変です。
技術屋の職場は、こう、なんというか、温情があったのだなと実感しています。
技術とはすなわち知識のことであり、一人前の技術者になるためには何年もの年月をかけた学びが不可欠です。そのため技術屋の職場では「新しく来た新米なんて何も知らないド素人だ、使えるようにするためには知識を詰め込まないといけない」とした前提が共有されており、新人を育てるための体系的な教育システムがある程度整備されています。世間一般の工場勤務者はISO9001に脳を支配されているせいでマニュアル化を愛しており、仕事のやり方もできる限りマニュアル化されているものです。
今の部署には教育システムがありません。作業マニュアルもありません。できて当然、知っていて当然、即戦力以外は要らない、そういった職場です。
たしかに企画職は世の中に前例が無いプロダクトを考えることが仕事であり、下手なマニュアルによる思考の硬直化や前動続行こそを忌避すべき部署ではありますが、それでもさすがに数少ないルーチンワークくらいはマニュアルを作ってもいいのではないかと思ったりします。マニュアルを絶対視する工場あがりの職業病かもしれませんが。
うちの企画部は技術職や営業職の中堅・ベテランを集めて構成されている部署のため、前向きに考えれば私も会社から一人前として扱われている、そう捉えることもできるでしょう。ちょっとポジティブ過ぎる発想ですが、持ち前の集中力を生かして前以外は見ないようにしています。
何はともあれ役立たずとして部署から放り出されるまでは頑張ってみましょう、潰れない程度に。
結言
まとめますと、大変だけど一応はなんとかなっている、本社と事業所のカルチャーショックは色々と感じているもののとりあえずは呑み込めている、そんな感じです。
元々新入社員で入社した時も「3年くらいは黙って仕事をする」「仕事に熟達したら口を出す」と考えていました。内実を理解していて実績を積み上げた人間でなければ組織における発言力を持つことはできませんので、妥当な考え方かと思っています。
今回も同様に、まずは仕事を覚えるまで素直に従い、主張するのはその後とするつもりです。
余談
東京へ越してきてから運動量が減りました。事業所時代はあちらこちらの建屋を移動するために歩き回っていたので何もしなくとも1日1万歩くらいは歩いていましたが、今は何もしなければ5千歩程度です。
また、外食が増えたせいで摂取カロリーが爆増しています。昔は車通勤で遅くまで残業していたので「もう今日は飯を食わなくてもいいや」とまっすぐ帰宅していたのが、今はそこまで残業せずに帰る上、駅前には飲食店がたくさんあるため食事をしてから帰宅しています。
先月、古巣の職場へ打ち合わせに顔を出した際に何人もの元同僚から「お、太ったな」と言われましたので、そろそろ生活習慣を見直す必要がありそうです。