帰国はしましたが、まだまだ処理すべき残務が多々残っており時間があまり無いうえ、一週間ほどニュース等の情報収集をさっぱり出来ておらず物事を何かしら語るようないつもの思考回路にまだ頭を戻せていません。
そのため、もう少しだけ日記的な記事を続けさせてもらいます。
当ブログの方向性
うちのブログは基本的に「何かしらの情報を見たうえでの個人的な思索」「整理しておきたい情報の集約」「それ以外の雑記」で構築されています。
これはそこまで意図的ではなく、好き勝手ブログを書いていたらそのような形に落ち着きました。
「何かしらの情報を見たうえでの個人的な思索」はニュースやインターネットを閲覧した際、そこで見かけた情報をトリガーとして私が考えたことを言語化している記事です。
その際はほとんどの場合で固有名詞を避けています。
直接的な検索ワードを散りばめて時事問題に対して具体的な批評をしたほうがブログへの流入数は増えるのでしょうが、私としては個別の事象・事例よりももう少し抽象性の高い本質的な理解を深めたほうが長い目で見て意味があると考えていますので、その時々の固有名詞は用いません。
大雑把な例として「集団Aの問題行為」があった場合、その集団Aのことは一切出さず、問題行為の意味やそれが社会へ与える影響などを中心に語ります。集団Aへの直接的な批評をしたほうが検索に引っ掛かるでしょうし、賛否両論を呼び起こしやすいのは間違いありませんが、私は誰がそれを行ったかで批評すること自体が党派的だと考えています。そのように対象を固定化する思考機序は、いずれ思想的対立相手であれば批判して賛同相手であれば批判せず、身内の恥を隠し、仲間の不義を見逃すような党派性に陥ることでしょう。
そもそも問題視すべきは「集団Aの問題行為」ではなく「集団Aの問題行為」であると考えます。問題行為は集団Aがやろうと集団Bがやろうと問題であり、相手を選んで批評するのではなく行為それ自体を批評しなければ、論理性を欠いた二重規範・ダブルスタンダードへと安易に陥ります。
よって私は具体的事例ではなくそこから抽出した本質情報部分について言及するようにしております。
ただ、このやり方だと記事を書くのにどうしても多少の時間が掛かります。なにせ情報を見てから数日以上は頭の中で寝かせて分解して抽出して言語化した後に出力する運びとなるため、情報処理が間に合わない多忙な時期にはなかなか記事作成へと至れないのが欠点です。
「整理しておきたい情報の集約」はもう少しシンプルです。ビジネスなりエンジニアリングなり思想哲学なり、日頃繰り返し考えていたり新たに学んだりしたことをただ言語化しています。
私は忘れん坊であり私の記憶力をまったく信用していませんので、この手の考えは外部へ保存しておくことが一番です。そうでなければいつの間にやら雲散霧消してしまいます。実際、昔の記事を読んでいると「なるほど、そういう考えもあるのか」と自らの過去の考えに驚くことすらある始末です。
この群の記事は文字数が多くなりがちな割には執筆時間は短めです。なにせすでに持っている情報を書き出して並び替えて整理するだけです。ただし「この情報を言語化して残しておこう」とふと思い立つトリガーが無ければ記事執筆に至らないため、記事自体は非計画的に生産されています。
「それ以外の雑記」は一番シンプルです。今書いているこの記事のように、その時その時の思考を直接的に書き出しています。抽象化や整理整頓はなく、まっすぐの書き下しです。
今も「ここ一週間以上、人様のブログどころか自分のブログすらちゃんと見れていないけど、そのせいでうちのブログの注目記事の顔ぶれがちょっと変わっているような気がする。注目記事を見る感じ、うちのブログってこんな感じの方向性だよなー」と思ったことをただつらつらと書き連ねているだけです。
これは書く側としては楽なので多忙な時期にはつい多用してしまいがちですが、内容の無い記事が量産されるだけなのであまり多用すべきではないと戒める必要もあります。
いえ、まあ、元々収益も何もないブログですので有益な情報を選択的に生産するつもりは端から無いのですが、とはいえ無意味な情報をインターネットへ放流することへの罪悪感的なものが少しばかりありますので。
結言
まあ多忙は時には仕方がないことです。諦めて受け入れて、ちゃっちゃと多忙な状態を解消することとしましょう。