法学部か警察学校ぐらいでしか習わないと思うんですけど、彌彦神社事件というのが昭和31年にあったんですよ。群衆雪崩によって124名もの死者を出した事件で、最終的に神社の責任者らが過失致死罪となったものです。いまは明石花火大会歩道橋事故とともに教えられる事件だと思います。
今回、弥彦線の乗りつぶしとともに、弥彦駅での折り返しが1時間近くあったため、事故現場を確認したくて行ってきました。

弥彦駅です。前日からの大雪で、信越本線は午後になっても除雪が間に合っていませんが、弥彦線は通常運転でした。そんなに積もるエリアではないですし。

残念ながら無人です。自分の世代では女性観光駅長がいる駅で有名でした。『旅と鉄道』に特集記事があったのを覚えています。当時、観光駅長をされていた方のXも探すとありますね。
さて、駅をでて、彌彦神社への経路です。簡単に参詣してもどるなら1時間あれば十分です。ロープウェイに乗る方はさらに1時間プラスしないと無理です。

郵便局の前の道です。写真の右奥の方が彌彦神社となります。

境内の入り口です。

二つ目の鳥居です。この奥が事故のあった隋神門となります。

隋神門までやってきました。

事故当時の階段はもっと狭かったそうです。このうち群衆が転落したのが、右に見える石垣です。なんとなく想像していたのは、もっと崖になっているところから落下したと思ったのですが、わずか2m程度の高さでした。この程度の高さでも人が折り重なると相当な圧力がかかったと思われます。

これは拝殿前の庭です。事故直前に、新年の餅まきが行われた場所です。餅は、自分が立っているところにある隋神門から投げられました。
なお、この事件については、中川洋一『!!―彌彦神社事故の真実―』(近代消防社、2021)の解説が優れています。実際に隋神門の上にいた方が事故前後の写真をとっており、詳細な記録も残していたことから、それをもとにしたうえで、裁判資料と新聞記事などを踏まえて総合的に考察しています。
これによると、原因は二年参りの慣習と弥彦線の列車の遅れの複合要因のようです。2年参りというのは、この地方独特の慣習らしく、0時前にお礼のために詣でて、0時過ぎに新年のお参りをするというものです。しかし、この年は弥彦線の臨時列車が20分延だったため、境内で帰宅する客と遅れてきた客がかち合うことで混乱が生じたのです。前年までは一斉に参って、一斉に帰るという形だったので、一方通行などの措置はしなくてもよかったのですが、列車の遅れによって、人の渦が各所で起きたことが原因のようでした。
職業柄、観光地を巡るというより、現場調査のような旅になってしまいました。